「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

こんばんは。

 

結構、大事な事なんだ。


友人は、若い頃、自分の1人暮らしで、ある晩目が覚めると、夜、女が部屋の床で、自分の寝ているベッドに向かって座っているのを見つけた。

怖いのは、彼は童貞。初体験だから。初体験を語る友人は、まるで、童貞(いや、マジな童貞だけど女性と接触経験はキスくらい)のような、はにかみっぷりで、怖くて、寝れなかったと頬を染めて、言った。

 

翌日も出たそうである。

その翌日も出たそうである。

次の日も出たそうである。

 

彼は、残念ながら、お祓いとか、そういう事を考える人ではなかった。日常の仕事が忙しすぎて、勉強と両立させるのには、大変だったのだ。資格を狙っていたので、それどころでは、なかった。

 

しかし、毎日出ると慣れてくるもので、話しかけて、返事が貰えないまま、ひとり上手で、資格試験を勉学した。試験に受かった。



彼は、その日から、悪い奴になった。笑。

 

幽霊の座っているところが、触れないか、色々、試してみたら、触れたのだそうだ。

少しずつ、少しずつ、彼は、毎日同じ場所の幽霊を、誘導して、警戒心を持たれぬよう、ベッドへ誘い込んだ。


添い寝だけ。

添い寝。

添い寝だけど、手を繋ぎたい。

いつしか、眠ってしまうといない幽霊なだけに、慎重だった。

 

ある日、ベッドで、ついに、胸を触る機会を得た。

 

彼は、それだけで凄く幸せな気持ちになると思い、手を伸ばした。確かに、顔は、やる気もない、生きる気力もない、疲れ果てた顔は、女性の顔だった。顔色も悪かった。ベッドに一緒に寝てるくせに、頬を赤らめるとか、恐怖感や諦めの色もない。

でも、彼にとって大事なのは胸に触ることだった。

 

胸は、

 

胸は、貧乳だった。


 

彼は、しばらくして、いきなり、大きな声で、「ちッパイ!」と叫んだ。


 

叫んだ瞬間、幽霊は、消えた。ちッパイは、文字通り、ちいさなおっぱいの事である。

もう、その翌日も、翌々日も、幽霊は、現れなかった。

 

ところで、なんで、そんなデリカシーのない発言を、事もあろうに、幽霊にしたんだ?と尋ねると、実は、その幽霊の胸は、男性のようであり、しかも、なんだか、顔を見直してみたら、首に喉仏があるような、ないような。

 

そこで、下まで確かめたら、自分が終わるという、恐怖だったんだそうだ。

 

ところで、どんな貧乳っぷりなのか、尋ねると、柔道初段程度の胸だそうで、そこから先は、高校時代に誰にも言えないトラウマがあったらしいので、あえて、口にしたんだそうだ。

 

ある意味、完全和姦成立と考えた彼は悪人だったが、結局、幽霊は、2度と彼の前に現れなかった。

 

「あのさ、朋だったら、どうする?」

 

わたしか。

まずな、見知らぬ奴と仲良くなっても、ベッドに誘わねーわ。

そう答えたら、そうだよな、そうだよなと。


 

彼は、一応、後日、そこまでの期待感を興奮として下半身に維持し続けた為、リアルで資格持ちの男に群がる、誘ってくる女の子達の誘いに、応じて、かなり濃密ないい一晩を過ごしたと言う。

 

幽霊の事はどうなったか、結局、未だ、彼を見てると、どうやら、あと腐れなかったようである。



 

 

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こんにちは。

 

昔、寒過ぎて、長男とリビングで、夜寝ていた際に沢山の怪奇現象が起きた。


そのひとつが、長男が夜中起きた時、自分達の上に、バスケットボール大の大きさの、真っ白なハロゲンライトの光が揺らめいていることを目撃したことだった。


長男は、前から、母親のわたしより、

「山の神は、とてつもなく怖い。彼らを判別する色は簡単だ。彼らは、ハロゲンライト級の色で来る。」


という話を 聞いていたので、即座に当たりがついたようだった。母親を起こして、なんとか、自分の怖さを訴えようと思ったが、実は、母親のわたしは、一旦寝てしまう と、途中で起こされると、大変な頻脈になって苦しくなるので、激怒する。なので、それができず、悶々として、翌日を迎えたようであった。



そこで、長男は、昨晩の話をした。


しかし、母親であるわたしはこう答えた。


「あのな。ハロゲンライト級の奴に出会ったら、もう、どうだとか、なんだとか思うな。畏れ多い怖さがあるとは思うが、毛布をかぶって、寝た振りしてれば、いつかは寝れるぞ。とにかく、なんとかできる相手じゃない。」

「じゃぁ、幽霊とかお化けとかはどうなの?」

「あんなのは、テニスラケットでもイメージして、ポーンと思いっきり、ハイ、ホームランです位に飛ばせばいい。可哀想な同情すべき奴は、幽霊の中の 1%にしか過ぎない。あとは、同情の余地がない。どうせ、生前ろくな人生を送ってこないで、そういう状態になったんだろうよ。努力している奴は、努力をし ない奴にかける情けなんかないってハッキリ言えばいいんだ。」

「そうなの?」

「そうだろ。お前、努力しているだろ。してねー奴見て、どう思う?そいつが、惨めになっても助けたいと思うか。」

「・・・・・・・・・・思わないし、思えない。」

「だろ。努力している奴にしてみたら、しないで、ぐずぐず言っている奴なんかどうでもいいんだよ。ただ、神には気を付けろ。」

「なんで?努力したら神になれるんじゃないの?」

「まさか。そんな訳ないだろう。我々でせいぜい成れるのは、仏が関の山だ。神はな、神は、それ以上の存在だから、もう、こっちが意見言ったら終わりだ。」

「お母さんにも、怖いものがあるんだ。」

「あるよ。神だろ、神。霊能者という仕事をやってきて色々あるけれどな、神が絡んでいる案件程めんどくさくて難しい案件はないんだよ。」

「どうして?」

「神こそが、理不尽の塊だからだ」


どんな神でも、神の一種だから、めんどくさいことになる。理不尽を法悦で乗り越えるつもりはない。科学は何のために微少ながらに発達しているのか。医学はどうして犠牲者を出しても進んでいくのか。それは、全部、理不尽に対抗する為じゃないか。


犠牲者は理不尽だろうと言えど、その人の功績で更に進歩していくのだ。犠牲者達は尊い。


無作為に選ばれて、科学の進歩の為にと言われても納得は家族も本人もできない。でも、今まであなたが生きてこられたのは、誰かが強く思いながら理不尽と闘った成果物を、無意識に恩恵を受けていたからなのだ。



という訳で、実は、先日ある案件をある人に渡すまでは、うちの中は、色々な電化製品が壊れて動かなくなっていた。地震の前はこんなことが起きるのだが、ちょっと今回は違った。けれど、案件を渡してきたら、うち中の電化製品が正常に動くようになった。


不思議すぎて、意味わからない。まあ、損分が出なきゃいいやね。

 

という訳で、ハロゲン級のその光の珠はなんだったのか、そこは、実は、わたしも、あんまり相手のルーツを探ると、禁則地域に触れてしまうので、自身に大変痛い目が返ってくるか、シャットダウンさせられてしまうので、

 

神には気を付けろ

 

という、ありがたくない言葉が、我が家の家訓となった。


 



護られてる場合も、喜んでる場合じゃない。相手はあなたへの加減を知らないし、止めようとしない。護られてるのも実は災難であるというお話。

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呪いの除け方―知らずにしているこんな不作法
呪いの除け方はね、「嫌なモノは嫌」、これを徹底する事。無意識下のお人よしは、結局、あなたの自己満足だけで、誰のためにもならない。
三五館


こんばんは。

 

意外と、呪いが形になるひとが、いるんだ。

呪いって色々受け手に症状が、不定愁訴の様に出てくるけれど、大体は、受け取り手の一番弱いところを叩く事が多い。


前回、出てきた「筋肉 正君」のような感じに、同じ人から受け取ることでも、違った症状を生み出すこともある。でも、大概は、胸の重さかな。あぁ、 Eカップとか、Fカップの重さじゃなくてね。押しつぶされるような重さ。強いて言えば、ダイヤ大混乱の朝に乗る電車のような潰れそうな感じ。


ところで、呪いを呪いだと思って呪っている人が、意外と少ないんだよ。


普通は、苦しくて辛くて呪ってやりたいって思う相手は、一生の内、生きていれば一人や二人じゃすまないはずなんだけれど、大体の人は、その思いは、 どんなに恨みが強くても、「迷惑だな」か、「大迷惑」「目の前から消えて。」「早く、職場辞めて」程度の念で終わっちゃう。だから、相手まで届かない。


ところが、集中力がなんとやら、不健全な方向の集中力が際立っている人は、「迷惑」を、なんと、うるさいな程度の迷惑にも、「恨み」「呪い」レベル で当たってしまう。だから、自分が嫌だなと思った人が次々に不幸になるケースなんか、時々、そういう人が裏にいたりして、自覚のない「馬鹿」が一番手に負 えないよなと思う事がある。


その自覚のないうましかさんが、結局は、ほんの少しのことでも、他人にはかなりの集中力を要する「恨み」「呪い」を簡単にかける事ができる。うまし かさんは、「我慢ができない」。それで、うましかさんは、ただ単なる通りすがりの人が、ぶつかっただけで、「恨み」「呪い」をぶちまけるんだから、凄いも んだと思う。


無論、そういう人は、元より大体顔つきでもわかりやすいし、多少なり、行動でもわかりやすい態度を取る。


それで、通りすがった人にまで「呪っちゃう」ような性質だから、無論、日常生活まで集中力が保てない。疲れやすくなり、病気になりやすい。


だから、 日常生活は、負け犬の遠吠えって人が、割と「特別な能力」を持っていることは多い。

まぁ、言っちゃえば、暇なんだね。
でも、健全な集中力の使い方じゃない ね。まぁ、、通常、そういうことが多くなったら、多少なりとてコントロールを試みると思う。コントロールできると、仕事にしようとする。


だから、大体の占い師や霊能者は、潜在的に「上手な呪い手」の面があるんだよ。人格が未熟だからね。



それで、人格がある程度成熟してくると、御釈迦さんが仰った「中庸」が肝心なことが分かってくるので、無闇と人と絡まなくなるし、そもそも、道端で ぶつかり稽古をしたい道場破りみたいな人の相手まで一々しない。

めんどくさいから。

それに、段々、こういう能力が、人のメンタルにどれ程関与するかまで、影響面を考えたら、 やたら、干渉したがらなくなる。そうなると、あるんだかないんだか、分からなくなってくるのが、そういう力ってやつ。


だから、そういう力を使いたいと思ったり、自己犠牲の精神とか、笑っちゃうようなポエムの点があったら、それは、きっとその人は、その力が芽生えた PTSDに悩んでいるんだと思っていいと思う。

もしくは、プライドの高さに、自分の内面がついていけない時の空威張り。普通の倫理では、多少なり、自分が 思った事で、「ある人が嫌な目に遭った」場合、少なくとも自身の心を反省するはずで、反省しなかったら、「腐れ外道」だからね。


まぁ、そんな形で、綺麗な思いで、白魔術に昇華できる人もいれば、どす黒い思いで、黒魔術に昇華する人もいる。


ただ、通常は、どっちも普通に使えるので、白専門とか、黒専門とか、そんなくくりはない。絶対ない。ホワイトハッカーとかITで呼ばれてもね、結局のところ、ハッカーはハッカーであってホワイトもブラックもない。偉そうにしててホワイトですとか言ってると、時代の思想が変わった時、そういう人は生活保護まで行きつくほど仕事無くなるから。やめておけ。

誰かに都合のいい時だけ、ホワイトって呼ぶんだよ。就活でホワイト、ブラックとかあるように。


弁護士でも、離婚専門、医療訴訟専門、債権処理専門とかあるけれど、始めの司法試験の時は、ジャンルなしだからね。だから、結局は、得意分野はその人間が自分の性質と共に培っていくものが多い。


別に、特殊なことでもないし、共存している人は幾らでもいる。しかし、呪いを形にして、ほんの些細なことまで、「人に報復措置を行う」人は、まぁ、悩むとは思うね。でも、悩むんだったら、解決は簡単だよ。

 

ぶつかった人、自分に何か嫌なことをした人、報復措置をしたい人を決める設定基準を、少しずつでもあげればいい。それで、あげ方は、簡単。無頓着になればいい。なっていけばいい。

 

意外と、歩きスマホで無頓着な人いるじゃないの。あんな人も、まぁ、気がつかないで、ホームから転落して、霊能者に「呪われた」とか駆け込んできた ら、やりきれないよね。他に、嫌だと思う人が、皆変な目に会うことが多かったら、嫌だと思うことをしない様に自分をコントロールすれば、半分以上は関係妄 想だよ。


でも、真面目に呪っちゃった場合は、マジで報復されたら、ただじゃすまないと思っておきなよ。


割とこういう世界、急に具合が悪くなってしまい、どうしたもんだろうと思うことがある。そこへメールが着て、「わたしを恨むのは止めてください。」 とある。え?あなた?だれ?そもそも、どこで何したんでしたっけ?と考えていると、どんどんメールが着て、「あなたのブログを見てから、あなたに恨まれて いるとはっきりわかります。」と言うメールが来る。

サイコホラーだよ。でも、

電波系なんだろうけれど、お見事、あなたの恨みは、時空を越えてわたしへどんぴしゃに届いているよ。あなたが、勘違いして送ってきたものを、普段まめに返信する様なわたしは、そんな暇人じゃない。でも、絶対返されないと思うなよ。


でも、明らかにわたしの納期を邪魔するような呪いの仕方をしてきたら、勿論、拝金教の名にかけて、あんたに送ってもらったものを、送り返すだけだよ。

 

まぁ、半沢直樹じゃないけれど、「倍返しだ」。(嘘)。

 

でも、通常、人を呪わば穴二つと言う。別に、前の穴と後ろの穴って話じゃない。

他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになるので、墓穴が二つ必要になる。人を陥れようとすれば自分にも悪いことが起こるというたとえ。(Goo辞典抜粋)


あんまり、低俗な連中に向かって、いちいち相手にしてたらキリがないぞ。後、呪ってくる様な奴には、明らかに不快な対応 をすれば、それだけでいいんだ。他に、追う様な真似をすれば、炎上商売になって素晴らしくなる。


筋肉 正君に相談された際に、その女性から逃げる様に指示し、決して「憑き物を送り返そうとしなかった」わたしの姿勢は、「スルー以上のお構いはできません」っ て姿勢を現している。


正君は、整体師という客商売だ。正君がまっとうに相手にすればするほど、相手はより攻撃的となる。多少なり、お相手して、やんわりお帰りいただくだけの技術を正君が持つべきで、正君には、客商売の人あしらいの良さを教えたまでのこと。


呪いも同じ。呪われても、あしらいさえ良ければ、そんな呪いなんか効果ないし、返すんなら、同じものを頂いた時と同じだけ返せば済むこと。それで、返して、また頂き物をする可能性があったら、絶対スルーした方がいい。


揉め事を起こしやすい人は、わずかなことでも、怒りが沸点に達する。沸点が低いんだ。些細なことでも、針小棒大に騒ぎ、本当に精神が持たないだろう とお察しする。でも、人格が未熟な証拠。今が、未熟でも、成熟すれば問題ない。普通はそれで、未熟な自分を恥じて、沸点をあげようと努力する。


しかし、どんなに人格ができても、人には必ずウィークポイント(地雷)がある。例えば、仕事上で幾ら罵られても平気な人が、家に帰って、「このうすら禿げ」と息子に言われて、激怒して息子を殺すこともある。


一番は、揉め事に携わらない様にしていくこと。巻き込まれやすい人は、お人好しの面が、無意識にそういうものを呼び込んでくる。あなたの中で、誰か に必要とされたい面があったり、心が寂しいと必然とどんな人の心にでも、無意識に揉め事に巻き込まれる癖を作らせる。一線を引けない人こそ、呪われやすく て、呪いやすい。



とかく、呪いが、「形」になりやすい人は、己の腐れ外道を恥じて、多少なりすれ違う人にも「無頓着」になるべきだね。袖触り合うは多少の縁よ。まあ、汚れて汚い袖じゃ失礼だと思わない?


 

自分から、縁を壊してどうするつもりよ。

 

 

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こんにちは。

 

昔書いたのではないかと思うが、確証バイアスという言葉がある。

確証バイアス(かくしょうバイアス英: Confirmation bias)とは社会心理学における用語で、自己の先入観に基づいて他者・対象を観察し、自論に合う情報を選別し受容して、それにより自信を深め、自己の先入観が補強される現象である。(Wikipedia抜粋)


これは、平たく言えば、先に持論ありきでモノゴトを視てしまう故、偏った見方ができてしまうということである。これが、spiritualの世界には異様に多いことがある。

霊視という時点でこれを絶対に抜かなくては見ることが不可能なのだが、霊視の時点で、「当たり」をつけて見る癖 がある人がいる。そうなると、大体はどこにでも、「白い服で、長い髪の女」が出てくることとなる。他には、「白い服に赤いしみ」がついているケースもあ る。どっちも、「病的な人の象徴である。」


では、何故幽霊は白い服なのか、そこを考えてみると、病んでいる人は大体、病みっぷりが酷くなると、自分が穢れているという妄想に取り憑かれやすい。そうなると、霊性のアップも含め、白い服を着たがるようになる。つまり、穢れていない自分をアピールしたくなるのだ。


ニューエイジがブームだった頃、欧米ではニューエイジが好んで白いだぶだぶした服を着たがるようになった。他に、色々な服を着る人もいたが、異様に自分の内部の穢れに敏感な人ほど、白い服を着るようになったと言う面がある。


そこで、よく考えると、人間、生きてくれば絶対に心が穢れていない人など存在しない。どんな場面であろうと、絶 対に「欲」丸出しで何かに応対していない人等あり得ない。ご飯を目の前にして、おなかがすいていればいるほど、沢山よそってあるモノに目が行くのは当たり 前である。そんな些細なことから大きなことまで、人は「欲」の中で上手にバランスを取りながら生きている。


しかし、spiritualや、カルト宗教に染まりがちな人は、それを絶対に「許せない。」事として扱う。彼ら は心の清らかさを象徴して、白い服を好んで着る面がある。しかし、彼らも心が清らかである訳ではない。ただ、心の清らかさに対して、過剰を通り越し異常な ほど敏感なのである。


そういうメンタルの弱さに目をつけて、その彼らを上手に洗脳するのが、カルト集団である。己は絶対に清らかでは なくてはいけないと思う思い込みから、全てがそんな論理ばかりを取り入れ、好んで読むようになる。己にも絶対はない。清らかである面と、清らかではない面 を上手にバランスを取って生きるのがこの世であり、中庸である。


彼らは、病的に、清らかさを求める。


その結果として、心を病み、バランスが取れない傾いた天秤を、どうやって片方に清らかさを乗せて、もう片方に何 を乗せればいいのかを悩んで、独りで高い壁の中で悩んでいる。清らかさの天秤のもう片方は、清らかではない部分だよと教えても、それは受け入れられないの で、何を乗せたらいいのか悩む旅は延々と続き、同じことばかりを質問して歩き、自分のたどり着いた思想を感情を込めて相手に押しつける人間となる。

そういう人は、相手にも高潔さを求め、高潔さの中で、生きていく人を尊敬し、そしてその人が清貧であればある程、尊敬するようになる。


意外と、その要求こそが、清らかではないという考えには至らないようなので、困った事である。その理不尽な他人への要求こそが、清らかではないので、あなたの天秤は釣り合うのだと言っても、恐らく納得はしないであろう。


人には色々な面があって当たり前である。高潔で誰もが尊敬できる人材は、あまりいない。大きな物事をやれる人 は、大体は人格が破たんしていたり、周囲の協力があって出来上がっているひとだったりする。しかし、しばらく平成の世の中は、そういう人材を潰して歩い た。そういう人格破綻者が見せる「芸術」というモノこそが、大変に面白く、一風独特の世界観を鑑賞して楽しむことに対して、手ひどく世の中は当たった。

アイドルは、高潔であり、お客様が恋人であるという妄想もよくあることである。しかし、アイドルだってトイレに は行くし、おなかは壊すし、握手会で手を洗ってこない奴は嫌いだし、そりゃ色々あっても、言わないでやるからこそ、そういう妄想に取り憑かれた人に、上手 にマッチするのである。要は、演出である。


カルト教祖は、演出を上手に心がけるからこそ、病的なまでに清らかさを求め続けて行く人の琴線に触れる。


でも、理解してほしいと思う事は、


穢れている自分は、当たり前なのだということ。

穢れていることから目を背けてはならないこと。

穢れている自分を嫌ってはならないこと。

生きていく為に穢れていくことは、当たり前なのだということ。


そして一番大切なことは、


「欲」は程ほどであれば、穢れの内に入らないこと


だと思う。病的な人ほど、その「欲」を持つことさえを嫌うが、無理に菜食主義にして、器質に食生活が合わず、不 定愁訴を述べる人がいる。無理に、「欲」を押さえすぎて、別方面で過剰なほど乱れる人もいる。どこかで上手にバランスを取って、その場面から明らかに逃避 している面を取り除かなければ、あなたは日常生活がうまく行かないんだと考えていただきたいと思う。

菜食主義でなくてはいけないという、法律はないし、そして体に悪いということはない。現に揚げ物を食べてご長寿を誇る人もいる。問題は、些細なことに縛られて、あなたが身動きができず、「不満が溜まる」ことである。

人間の社会はストレスばかりであるが、「欲」を取り除いたところで、ストレスが減るものではない。問題は、「過 剰な欲」に値する「妄執」「固執」「執着」「粘着」という点を、どう上手に社会の中でいなしていくか、どう上手に社会で交渉上手となるかである。そこで気 にしなければならないことが、「法」である。


世の中には、あれこれもっともらしい事を言う人が多いが、基本的にこういう人は「法」に抵触することを行う。


日本が法治国家であることを時折皆さんは忘れるようだが、わたし達が一番守らなければならないことは、「法」であり、法の下に裁かれる身として、菜食主義が法に抵触するとは限らないが、あなたが恫喝する程、相手に高潔を求めて、お布施を強要すれば、それは、「法」に抵触するのである。

spiritualが一番抵触しているのは、「法」じゃないかと思う。


己の信条を貫くことはいいことだと思うが、その信条である、清らかでいたいがために、「法」を侵すことはどうかと思う。


そんな現実があるからこそ、相変わらず幽霊は、ブラックフォーマルドレスを着てくることなく、白いワンピースに、伸びっぱなしの汚い髪で、Most performance大賞が取れるほどの演出を行い、今日もあなたを待っているのである。



下痢をしたら、浄化ができたと喜ぶ集団は、正直理解できない。あまりにひどい下痢をしたら、ノロを疑うなり整腸剤を貰いに、病院へ行くべきだと思うがね。
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こんばんは。

 

医者が、自分の専門分野と同じ病気になるとは聞く話だ。精神科の医者なら、精神を病み、循環器なら、循環器系の病気になる。

しかし、これは、全く普通の整体のお兄さんの話である。

 

整体のお兄さんを仮に、正君としておこう。

正君のお仕事は、病や生活の中で、固まった筋肉を解し、そこからアプローチする方法である。なので、正君は、筋肉が大好きである。筋肉を見ると、客が何で悩んでいるかわかると言う。

正君のところへ、ある時客が来た。その客は、クレーム処理を職場でしているのだが、実はある時、ある人に怒鳴られた時から、腰が痛いと言ってやってきた。正君は、腰の調子をストレッチをさせながら見ていて、「心因的なモノだな」と思ったと言う。

その後、客は、どういう訳か、正君を指名して、3日間通い続けたと言う。

 

勿論だが、正君は、シフトのある限り、その客を引き受けながら、こう思ったと言う。

「3日間通い続けるってことは、僕の整体の結果が出ていないって事なのかな。だったら、3日目は、別の人の方がいいのではないか?」

 

しかし、その客は、正君を指名してまで、お願いしてきた。しかし、客は何も語らない。何も言わないことが、逆に正君の中で、この人の体は、どうなることが「好み」でどうなるのが「本来あって欲しい点」か、見失ってしまう事となる。

なので、正君は、3日目も一生懸命整体を行い、そして、客は帰り際に言った。

「ありがとう。もう来ないから。」

正君は、3日間で下手だと思われたような気がした。その帰り道、正君は、致死に至るかと思うような事故に遭ってしまう。

 

 

正君は、事故に遭ったけれど、間一髪、持ち前の筋肉の躍動でかわし、後遺症はひどくなくすみ、その後2か月後に復活し、仕事を始めた。

久々に整体を行うと、自分がしばらく寝たきりだっただけに、大変疲れるものである。そこへ、また、あの例の客が来た。

客は、やはり今回も3日連続で正君を指名してきた。しかし、正君は、前回、施術後の帰りに事故に遭っているので、結局自分の集中力がミスったんだろ うなと思って、3日目は、同僚にこっそり変わってもらう事とした。客には内緒で、正君は、具合が悪くなったと言って変わってもらう予定だった。

しかし、客は3日目に来たけれど、変わってもらいたくない。今すぐ正君を呼んでくれと言って動かなくなった。

 

おかしい。おかしい。なんで、僕なんだろう。

でも、周りの客に配慮して、一応隠れていた正君は、出てきた。そして、3日目も整体が終わった。

 

正君はそのまま、帰ろうとして、駅へ着いた時、強烈なめまいを感じたと言う。浮動するめまいではなく、回転性のめまいである。危ない、脳関係に響いているかも。心なしか、手も両方とも痺れている。

 

そこで、正君は、そのまま、駅から電車に乗らず、近所の喫茶店に入った。携帯を取り出し、電話をかけ始めた。

かけたところは、わたしのところであった。正君の最初の事故の時、居合わせたのが、わたしだったので、証人として、電話番号を教えることとなってい た、その半ば忘れかけた電話に、急に思い立って電話したと言う。ちなみに、わたしは名乗っていない。筋肉 正(きんにく ただし)という相手の名前は貰っ た。

「はい。」

わたしは、知らないナンバーの電話に出る時、大変に無愛想である。なので、一瞬、正君は、ひるんだが、正君の中で思う事があって、そのまま正君は、喋り始めた。

 

ある客が来て、その客の頼み方が、ちょっと変なんだという事。その後、必ず具合が悪くなるという事。

 

正君は、自分でも思ったと言う。「こんなこと、あの時助けてくれた人に言ったら、おかしいと思われる。」でも、言わずにはいられなかったと言う。

 

わたしは、一通り説明を聞いた後、ふーっとため息をついて、正君に言った。

「あのさ、それ、職場を辞めるしかないと思う。まぁ、職場を辞めたところで、次の職場が、その客に見つかったら終わりだけれどね。」

不可解な答えが、わたしから、帰ってきた。

「あのさ。その客、手におえないんでしょ?うまくさばけるように、腕が上達するまで、どこか別の店に行った方がいい。」

「・・・・・・・・・・・あの・・・・・なんの腕でしょうか。」

「うん。だからさ。その、相手の体を正常に戻した後、自分も正常のままで維持できる腕だよ。」

「・・・・・・・・。」正君は、一瞬、何を言っているか、通常だったら意味不明だったと思ったが、その時はすとんと腑に落ちたと言う。

「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

「いいよ。後ね、手におえないって時は、方違えって方法もある。だから、どこか帰り道に寄り道する事もありだと思いなよ。コンビニでもいい。」

「え?」

「あんたが、3日間でやったのは、所謂憑き物落としってやつだ。災厄を体よく押し付けられたんだね。だからさ、それを、片付けられる方法が見つかるまで、自分が初日からどこかへそれを押し付け続ければ、そいつの呪詛は成り立たなくなる。」

「自分が貰った災厄を、人に押し付ける?」

「うん。整体師さんなんでしょ。人に押し付ける、そういうの後ろめたいよね。それでも、身綺麗になる方法は幾らでもある。」

「塩とかですか?」

「残念だね。塩とか、風呂とかじゃ、そういう憑き物系は落ちないよ。」

「んじゃどこへいったらいいんですか。」

「はー。スーパー銭湯に行って、あかすりしてこすり落とすのが一番だけれど、その人、3日間通ってくるんでしょう。そこまで財力ないよね。」

「はい。」

「うん、だったら、その人の3日目が成り立たない様にシフトを変えればいい。まぁ、職場変える方が、もっと解決つきやすい。何回かシフトを変えれば、相手も嫌がられているのが分かるから。そうなったら、終了。」

「憑き物落としですか。」

「うん。憑き物を受け取る方も、結構ダメージ喰らうから、整体さんだと、腕にリストバンドをはめて、そこの中にお札入れる人もいる。でも、あんま、効かない。」

「それじゃ、どうしたらいいんですか。」

「まぁ、逃げるんだね。相手も死活問題だから、やってくるんだろうし、ろくな奴じゃないよ。憑き物落としは、別に整体師の専売特許でもない。コンビ ニでも、どこでも普通にあるよ。繁華街なのに、理由なく、1件だけうらさびれる店もあるじゃん。あと、自分ばかり病気とかだけれど、自分のところを訪ねて きた人は、成功してばかりというケースもあるじゃん。あんなのも憑き物落とし。」

「憑き物落としなんて、まだこの世にあるんですか。」

「まぁ、平成の時代でも、仕方ないね。ところでさ、もう、いい?電話切っても。」

「あぁ、すいません。本当にお世話になったのに、お礼にも行かず、こんな電話で申し訳ありません。」

「うん。まぁ、そういう系だと思ったんで、手を貸しただけ。もう、二度と電話してこないことを祈るよ。」

「ありがとうございます。気を付けます。」

 

その後の正君だが、実は、店を大幅に変えたのだけれど、その客に見つけられ、3日経つ前に、店を休むことにしたと言う。

軽くショートメールで、「僕撃退法を見つけました。」「3日間の、真ん中を休んだり、最終日を休んで調整します。」「これで、ここ数カ月、見ていません。」とあった。

 

うん。まぁ、それもありだ。他者に被害を与えるより、健全な考えだ。頑張れ、正君。

 

お世話になったお礼に、自分の実力を見て欲しいと言われたが、わたしも憑き物落としをしそうなんで、遠慮しておく。

 

 

正統派なやりかたは、相手の図々しさの上を行く、ずうずうしさで、着け還すというテクニックだね。他、憑き物落としをした人の後に、訪ねて行った人 が、逆に拾ってしまうケースもあって、忙しいと、憑き物をどこで落としてしまったんだか、どこで拾ってしまったんだか分からない時がある。

そういう時はね。どうしたらいいかって、よく聞かれるんだけれど、絶対、別の人にも迷惑かけない方法ってないんだよ。

憑き物って、目に見えれば見えるんだろうしね。触感があるって言う人もいるから、見えるだけの存在じゃないんだ。

時折、人はそれを、「鬼」とも呼ぶけれどね。

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