バスター・キートン傑作集(3) [DVD]
バスター・キートン
アイ・ヴィ・シー
2004-08-01

こんばんは。

きいちゃんは、私の兄のあだ名である。彼は、バスターキートン(リ ンク先動画)が好きで、彼のアクションを真似するところから、キートンのミニチュア版ということで、きぃちゃんになった。きぃちゃんは、朋兄であるところ から、非常に無茶なアクションを取って見せることがあり、何と、昔は、布団を下に引いておいて、3階から飛び降りてみるという離れ業を使う人でもあった し、足に魚の目ができたとして、いきなり、自分の足をナイフでえぐって、妹を失神させた人間でもある。

きぃちゃんは、プラモデルが大好きで、小学校三年生までの夏は、虫かごを抱えて、目黒にある「角田の森」に出かけていく人だった。

角田の森とは、とても広大な敷地を持っていらっしゃる人がいて、庭に自生の林があった。林というより森。そこに行くと、本当に色々な虫が採れる。 きぃちゃんは、目黒に住んでいた時代、そこの敷地に住まう老人に話をして、遊びに行かせて頂いていた。朝早く起きて、虫をチェックし、学校から帰ってきた ら、虫かごを抱えて、角田の森へ。明けても暮れても、きぃちゃんの頭の中には、虫しかなかったのだが、きぃちゃんは、小学校四年生になって、青山にある昆 虫標本を作るお店の導きもあって、やっと大きな、昆虫標本を作った。そこでやっと、虫を止めて、今度は、プラモデルに熱中するようになった。母方の実家に 行っても虫採り、魚釣りキチガイのきぃちゃんを満足させた森は、その後、この老人に、跡取りがいなかったために、現在、国有地化されている。

 

さて、ぷらもに目覚めた、きぃちゃんの向かうは、渋谷模型。

 

もう、きぃちゃんのことだから、多少は、キ印(キチガイという意味でうちでは呼ぶ)なので、このコレクションにはまったら、制覇するまでがきぃちゃ んのドリーム満載なわけ。きぃちゃんは、極めるまで、諦めるという事を知らない。そういう全ての意味をこめてのきぃちゃんなわけだから、きぃちゃんは、お 小遣いを貰って、殆ど暇な日は、模型屋に、あれこれ、目論見をしに出入りしていたのだ。

そこへ、妹の私に「プラモ作ってみたい」と言い出されて、きぃちゃん、小学校六年生になったころ、2年生の妹を連れて、渋谷模型に行く事となった。 時は夏。うだるような暑さの中、実母は倒れて、かなり憔悴気味。私たちに、お金をくれて、しばらく、渋谷模型に行ってこいという。きぃちゃんにしてみた ら、もうラッキー。きぃちゃんは、奇しくも、中学受験の勉強を始めたところなので、少々ストレスがあった。(彼は、小学校6年生の春に中学受験勉強を始め た)

そこで、二人で、渋谷模型を訪ねた。お金持って。

ところが、その日、きぃちゃんが「ちわーっす」とお店に入ると、店員さんが、きぃちゃんを一瞥したっきり話しかけても来ない。しきりにきぃちゃんの 後ろを見て、あん?って感じで黙っている。きぃちゃんは、咄嗟に思ったという。これは、妹の朋が邪魔なんだ。朋がいなければ、もっと楽しい話が出来るの に。きぃちゃんは、瞬時に考えた。朋にお金をやって、ジュースを飲んできてもらおう。そしたら、楽しく過ごせるし。

「朋。70円やるから、チェリオを飲みに行って来い。」

「え?兄ちゃん。わたしも今日は買いに着たんだよ?」

「いいから。いいから。朋、いいのを選んで置いてやるから、行ってこいよ。俺は、妹がかわいいから、チェリオを飲ませたいんだ。」

「そっか・・・。んじゃ、私、チェリオ飲んでくる。兄ちゃんお金頂戴?」

 

さて、邪魔な妹を排除した後は、きぃちゃんは、待望のマニアタイムを迎えるはずだった。

 

・・・・・・・・・・・しかし、邪魔な妹がいなくなっても、相変わらず、店員さんは、無言だったという。きぃちゃんは、不思議に思って、色々話しか けてみるんだけれど、店員さんは相手にしてくれない。しきりに後ろを見て、あん?という感じで佇んでいるだけだったという。きぃちゃんの頭の中は、邪魔な 妹がいるんじゃないかと思って、振り返ってみたけれど、根が単純な妹は、チェリオを飲めと言われたら、確かに、例え、渋谷中歩き回っても、チェリオを探し て飲むようなそんな子であるので、帰ってくるような気配はない。

んじゃ、なんで今日は相手にされないんだろう。軍資金もあるのに。

 

きぃちゃんは、そこで、なんで、今日はあんまり教えてくれないのかと聞いてみたという。すると、店員さんは、今日はせっかく、親子連れで着たんだか ら、親子で買いなさいとそんな、わけの分からない話をする。きぃちゃんの頭は???になった。今日は、妹と二人で買いに来た。いつものように眺めているだ けじゃない。買いに着たんだ。大人とは着ていない。

ところが店員さんは、きぃちゃんに、何度も、そこに居る親御さんに聞きなさいという。

「あの・・・・僕、今日は親と着ていないんですが。」

「ホラいるだろう、あそこのコーナーに立っている人、お前の親だろう。」

「違います。僕の親は、今日は寝ているし、第一、あんなどこか、吹っ飛んだ外見じゃありません。」

「さっき一緒に着ただろう。妹さんと三人で。」

「うちの人じゃありません。」

「んじゃ、誰なんだろうな。」

「知りませんよ。」

その吹っ飛んだ外見の人は、きぃちゃんが、緑のコーナーに移れば、緑のコーナーに来て、赤のコーナーに行くと、赤のコーナーに来る。

きぃちゃんは、完全に怖くなってしまった。知り合いではないし、妹を連れて早く帰ったほうがいいんだろう。妹はどうした。あぁ、チェリオなんて言わ なきゃ良かった。あいつは、チェリオを飲んでこいと言うと、本気でチェリオを飲めるまで、歩くような子だ。まさか、道玄坂や、宮益坂、あっちこっちフラフ ラしてないよな、大丈夫だよな。というか、KYな妹よ早く帰れ。

きぃちゃんは、プラモに熱中した振りをして、やり過ごすこととし、妹が戻ってくるのを待ったという。心細くて辛かったと後に語るところを見ると、余 程堪えたのだと思う。しかし、きぃちゃんがきぃちゃんなところは、店を出て行って、妹の行方を捜すのではなく、プラモは見つつ、怖い思いをしてまででも、 妹を待つことだった。

程なくして、妹が戻ってきた。

「兄ちゃん、チェリオ飲んできた。美味しかった。あれは美味しいね。」

店内に入ってきた妹に、さっと、兄であるきぃちゃんが近寄って言った。

「あのひとがぁ、近寄ってきてぇ、困るんだよぉ。」(テンパっている)

 

・・・・・・・・・・・爆裂天然妹は、そこをさっと見て、きぃちゃんに言ったという。

 

「おにいちゃん。傷痍軍人でも、幽霊は幽霊だよ。そんなんに、驚かされてどうすんの。」

 

 

・・・・・・・・・・きぃちゃんの見た吹っ飛んだ外見は、妹の朋からしてみると、明らかにわかりやすい傷痍軍人であった。しかも、生きている率が極 めて低そうな外見なので、妹は即座に、幽霊認定として、構わなくなってしまった。きぃちゃんが、え?幽霊?って思ったときには、既にお店から、その姿あっ たものがいなくなっていた。

 

きぃちゃんは、それから無言になり、わたしのためにプラモを選んでくれたんだよねと言う妹に分けのわからない事を言いはじめた。そして、プラモ屋さ んから妹の手をつかんでダッシュで出て、家に早く戻った。母親は怒ったが、きぃちゃんは、その晩、高熱を出してわけわからない事をわめきながら寝込んだ。 わたしには、きぃちゃんがプラモ屋に行って、熱を出して寝込んだという記憶しかないのだが、後々、きぃちゃんに聞いてみると、そういう話だったらしい。

 

きぃちゃんは、それっきり、わたしをプラモ屋に連れて行くことはなくなり、夏を境目にして、きぃちゃんは、受験で忙しくなり、気がつくと、彼の興味 は、よそに移ってしまったので、プラモへの情熱は、疎かになってしまった。でも、きぃちゃんは、未だに、朋とどこかへ行くとろくなことがないとは言う。

 

きぃちゃんの夏。日本の夏。奇しくも、実は、あの日は、終戦記念日だった。

 

 



戦争と怪談〈上〉
山田 盟子
新風舎
2006-08