こんばんは。

 

前に、自衛隊の医務官を行っていた医師もそうだったけれど、壮絶な修羅場を踏んでしまうと、人とはどうも、「ある二極化」に走りがちで、心のバラン スが取れないらしい。かつての、医療事故の後の自分も、修羅場の最中は、とかくバランスを崩しがちで、結局崩してみて、霊能者をやってみたけれど、内実 は、できたから、やっただけ。

修羅場や、人生史上初とも言えるような、土壇場のせめぎ合いを続けると、人間、まぁ、色々おかしなものを視るようにもなるし、多少なり勘もよくな る。精神的疲労や、肉体疲労が重なると、オカルト現象なんて、割とよく見ることが多くなる。それにプラスして、思春期独特のホルモンのバランスが乱れた状 態が加わると、もう、阿鼻叫喚だね。

そもそも、思春期・更年期は、「潔癖」と「穢れ」の中の釣り合いが、自分の中でも取れなくなるから、よく、ヒステリー状態になって、解離状態になる人は多いし、そんな状態だから、余計、なんか視えても、仕方ないんじゃないの。

でも、面白いのは、守られたゾーンで、「見える」ことは好きな大人も、守られないゾーンで「見える」ことには恐怖を抱く。

無論、怖い何かが起きたら、途端にメンタル破綻するような勢いで騒ぐね。お疲れなんだね。

 

わたしが、学生時代、親がどんなに厳しくても自宅に帰り、合法的な自宅の出方が、結婚だったのは、そもそも、わたし、すごく怖がりだから(苦笑)。

 

寝ている時に、音がしたり、あっちこっちで、モノが落ちたらね、普通はやっぱ、臨戦態勢になってしまう。だから、わたしは、独り暮らしをしたことがないし、子供がいなかった頃は、主人が長期出張の際には、もう、慌てて夜は早く寝た。それでも、なんとか暮らせるのは2日間。

だから、親元に帰ったり、逆に、それはどうなんだろうと今思うのは、職場に泊まったりしてたことかな。職場では、独り・・なんだけれど、警備員とかが必ず巡回に来てくれるので、個別にビジネスホテルを取ってもらった時の方が怖かったかな。

 

出張で、1週間、2週間、3週間とかになった時は、必ず、どこかで知り合いに遭うか、意味が分からないけれど、神社に行ったり、仏閣に行ったりとしてて、余程自分は怖いんだなと思ってたから、霊能者になって怖がりが防げるかと思ってたら、違ったんで、辞めた。

 

でも、修羅場や土壇場のせめぎ合いを越えて、そこをリタイアした後に、突き抜けるひと、結構多い。

突き抜けるって、悪い意味での話であって、カルト宗教にのめったり、spiritualに過剰にのめったり、なんか、色々なモノにすがったり、神に なっちゃったり、占い師になったりする人もいる。医師でもそれを押さえられないところを見ると、余程、修羅場耐性というのは、耐性がついても、まだ尚且 つ、人の心は、バランスを崩しやすいんだろうね。

前に、医者に先祖供養が効いたとか、カルテに書かれた時は、その医者とは、すぐに縁を切った。

 

やだね。幾ら、何が効いたところで、オカルトのような、割り切れないものは、まだこの世に沢山あるんだよ。でも、そこで、突き抜けてしまうひとにな るのか、そこでぐっと踏みこたえて、現実に生きていく軸を自分に保ち続けるのかでは、心のバランスや健全さが、かなり違うと思うんだ。

現実に生きてかなきゃいけないじゃん。金はなくちゃ生活できないし、食うもん食わずで、宗教やってたって、あんたの神なんて、どうせ、あんたを救わないって。知ってて、すがるんじゃなくて、あんたは、振り向いてもらえると、毒親にすがるような思いで、すがるんだろう。

毒親は変わらない。これは流石に、世の中のデファクトスタンダードとなったけれど、神も似たようなもんだよ。

あんたに加勢する奴の方が、多少なり、人間に近い、そういった類のもので、あんたは、それを信じることで、修羅場を抜けてきた、もしくは、修羅場から逃げたい気持ちを、現実逃避するんだろう。でも、現実は現実だぜ。

 

あんたが、辛かったのは、辛かったとわたしも思う。誰が聞いても理不尽な話だろうと思うね。でも、それで、あんたは、心のバランスを崩して、それで 終わりにするつもりかい?天使や、神に、あんたの生活の糧を与えたまえとは、祈りの文句にあるけれど、あれは、単に「いただきます」「ごちそうさま」レベ ルと考えておいた方がいいと思うよ。

天使や神は、あんたの生活の金まで面倒見ないし、あんたの老後の面倒も見てはくれないよ。

 

でも、あんたは、それでも救われたいと思うなら、一番痛い現実を見ることだね。怖いことや不可思議なことは、あって当たり前で、まだ解明されてない だけで、解明したら、なぁんだってことになるんだよ。その時、そんなことに振り回されて、怖がって、怯えて、余計な金使ってたら、ダメだろう。カルト宗教 はね、教祖だけが救われる為にあるんだよ。

 

警察官も、自衛隊も、医者も薬剤師も、看護婦も、そして、ITエンジニアも、色々な職業の人が、色々な現象を見て素直に驚くよ。

 

でも、それで、それに囚われて、足元をすくわれて、心のバランスを欠いてはいけないんだよ。

 

わたしは、拝金教だ。拝金教は、一番、大切な地道に働くということを教えてくれる。それが一番金が稼げた時代だったし、これからも、そんな状態でも あるだろうよ。幸せは、貧乏でも味わえるけれど、貧困では味わえない。現実を見て、現実をより良くするために、わたし達は生まれた訳で、突き抜けて、なん か、変な人になったら、アウトだよ。

 

わたしは、かつて、とても優秀な教授と奥様に、知り合いになった。教授はその当時世界的な権威で、優れた頭脳の持ち主で、彼をうならせるウィットを 考えるのがわたしは好きだった。しかし、どういう訳か、教授は、ニューエイジブームにはまって、奥さんは、一日8時間、瞑想することとなり、教授も段々そ うなるようになった。もう、いい年だから、余生は静かに過ごしてほしいと願うが、確かに、あまりに頭が良すぎて、理性的だと、「どこか、突き抜けて、心の バランスを崩すのかな」と、わたしの心に深いトラウマを残した方だった。

 

わたしの父は、そういうことに猛反対な人だったから、ある意味、彼は、わたしに、現実に軸を持って生き抜くことを教えてくれてた教育者だと思う。

 

まだ、この世には不思議は沢山ある。でも、それに惑わされているようでは、「心は健全だとは言えない」と思う。趣味程度に留めておいた方がいいとわたしは思う。妙な使命感や、義務感を主張し過ぎたら、わたしは、あなたを「心のバランスを崩しすぎたひと」だと思うと思う。

でもさ、霊能者やったわたしにそう思われたら、終わりじゃないの?