こんばんは。

わたしの母と父は、博物館が好きで、絵画鑑賞が好きで、彫刻とかも見に行く人だった。日本のどこにでも、わたしと兄を引っ張って、見に行った。特に、上野は聖地のようなもので、何かあったら、直ぐ上野。

正月前は、それに御徒町アメ横巡り。

父は、娘の手を引き、マグロを値切って楽しそうだった。わたしは、人ごみでゲロゲロして、お漏らししても、替えのパンツがあるからいいさ、の勢いで、練り歩いた。

わたしは、帰りには疲れて歩けなくなり、宇宙語を話し出しよく熱を出したので、父は、わたしを背中にオンブして、帰ってくれた。

帰って来て、お風呂屋さんに行く時は、寝ているわたしをオンブして、家族4人で、桶を持って、隣町まで出かけ、お風呂についたら、起こしてくれて、母と温まったら、また、父が担いで、家まで連れて帰ってくれた。

わたしは、そんな父親が好きで、背中が暖かかった。

分からない印象画を見るより、日展とか、油絵ばかりだっだ記憶もあるけれど、上野は、よく展示会をしてたので、出かけて、それが幼い頃の娯楽だった。

親は、決して子供用の商業施設に、連れてってくれることはなくて、動物園より、絵画鑑賞が多かった。近所の図書館で本を借りに行く週末も、父の後ろに乗って、自転車で行った。

眠ったようなわたしを、父がオンブしてた時、母はこう言った。

「この子は、パパの一生モノ」

父は、お嫁に行って欲しくないなぁって、言ったら、寝てたはずのわたしは、父に抱きついて、「パパのそばにずっといるよ。わたしから離れちゃダメだよ、パパ」そう言われた父は、嬉しそうな顔で泣いていたという。

 

時代は代わり、わたしは、母親になった。親の都合で振り回した事はなく、次男は、自分のやりたい事をやって疲れて、夜眠そうになりながら、「夕ご飯」屋で、舟を漕ぎながら、ご飯の後のパフェを食べている。

帰り道は、車で、次男は眠ったようで、あとは、駐車場から家まで歩くだけ。

舟を漕いでる次男を、主人がそっとオブったら、次男は幸せそうにとろけそうな顔をして背中にしがみ付いて、寝入った。そうか、今度は、わたしが言う番なのね。

「この子は、パパの一生モノ」

主人は、横に歩く長男の笑顔と背中の次男のぬくもりを感じて、愛おしそうなとろけそうな顔をして、泣きそうな笑い顔をした。

 

子どものわたしには見えなかった父の表情が、今やっと見れた気がする。