「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

カテゴリ:朋塾〜魂の筋力を鍛える精神哲学〜 > 邪悪シリーズ


こんにちは。


人間の行動を見ていて、理解できない人たちの行動があります。何故、その人たちは、そういう行動を取りたがるのか。その理由について少しこれから考えてみたいと思います。

さて、人間の中には外から見て十分、自己中なことは分かるのですが、他人を思いやることをしない自己中の中でも、理解不能な人間がいます。およそ他人と相容れない種類の人間として、「平気で嘘をつく人たち(People of the lie)」にてペック博士はこう語ります。
「邪悪」と「虚偽」の心理学。自己正当化のために、あらゆる手段で相手を支配する。その自己正当化は、自己愛の過ぎ たる所以で、自分の内面を見る事が決してできない人であると。

さて、心理学では、自己愛は自己愛性人格障害等と名をつけています。

このような人間は、好んでカウンセリングへ来る訳ではありませんが、時として家族がカウンセリングに連れてくるケースがあります。そういう兆候は、まず顕著なのは小動物を飼っては死なせること。こんなことから、少しずつ疑問を持つ周囲が、カウンセリングを勧めます。

カウンセリングはその端的な問題行動から、その人間が隠している素質や願望、真実を見つけるべきなのですが中々難しいことです。理由は、当人が、願望を見破られる危機感から、「カウンセラーごと」虚言で丸め込む可能性があるからです。問題行動はいつも、弱者に向けて行われます。これだと、願望は簡単にわかりますね。「誰か、自分より弱いモノを支配したい」

支配欲は非常強い動機です。

人間は、理解できない相手に対する恐怖感としての理由として、相手が内面で何を考えているのか、すべての行動の理由が読めないこと、また、次にどんな行動をするのかが読めないこと等が挙げられています。

支配欲は、色々な分野に及んで行われます。自分より劣ったものをいじめることに、「家庭内のいじめ」「学校内のいじめ」「職場のいじめ」等がありますが、それだけではありません。恋愛における略奪愛、また不倫によくある愛人体質・浮気性、ヒモ体質、宗教によく出てくる依存体質も、支配欲の一つです。また、家庭の中で、「子供を支配したがる母親」「厳格な父親(実は子供には厳格だが、凄くだらしない)」も支配欲のひとつで、理想の人間を子供に求め、子供がそうなるように仕向けていきます。

彼らは、自分が子供の頃は甘えられなかったから、自分は貧乏で不幸だった、人がうらやましかった、妬ましかった等、もっともらしい後付の悩みを言う人が多いです。しかし、甘えられなくて苦しんだ、全ての人がこうなる訳ではありません。それら不満を解消し昇華して、大人となり、親となり、次世代を育てていく人が出現する限り、それらは、単に精神力の弱さによる甘えにしか過ぎません。

支配欲の強い人は、誰でも、徹底的に気分で振り回し、嘘をつき、肝心なことを言わないで、引きずり倒し、脅します。人格障害の人は、自分に対して人がどこまでしてくれるのか、徹底的に試します。子供の頃に愛情形成がうまく行かないケースだと、相手と自分の距離感が掴みにいのですが、彼らはそれを治そうとは思わないようです。
彼らは、最初は、母性心を煽るような形で相手の懐に飛び込んできますが、ドンドン相手が、「情け」を出して救ってくれるうちに、最後には桁外れの要求をしてくることがあります。割と、修羅場になりやすいです。「今すぐ死ぬ」とか、「○○してくれないと、死ぬ」等脅してきて、相手が屈服せざるを得ない事と引き換えに、望みをかなえる癖がつきます。

ところで、こういう人格障害の人の場合は、その屈服せざるを得ないモノサシが桁外れている例としては、コップへ少しの水を満たせばよかった状態だった頃から、すぐに要求は加速し、最後は、太平洋を今すぐ、「シャンパンで埋め尽くせ」程の常軌を逸脱した要求へ走ります。流石に普通は、無理だと思って突き放そうとし始めるのですが、その感情に大変過敏で、それを察知すると「自身や小さな命」を盾にして、脅しを続けます。

なかには、この支配欲で、徹底的に他の人の人格を破壊する人もいます。その中の一つの例が、この本に出てくる「毒になる親」です。

毒親は、自分さえ、心地よければいいと思っています。また、自分の方面でしか物事を見ませんし、全ての人は自分に従って当たり前だと思っています。
私の知っている例では、バタフライナイフが好き だった姉がバタフライナイフで自殺をしたという痛ましい事件がありました。ところが、その親は、どういう理由か、その弟に「姉の自殺したバタフライナイフ」をプレゼントしました。弟は、そして、1年後にそのバタフライナイフで自殺しました。親は、かなり驚いていて、カウンセリングを受け、そこから、事件の真相が判明しました。親は、実は、「何も考えていなかった」のです。

これがペック 博士の例では、「銃」です。兄弟が自殺に使った銃を、「あったからあげた」と、親の意向は至って単純な動機です。その割に、かなり金持ちの親です。兄弟が自殺に使った銃をプレゼントされた子供は、意味のある品を渡されたことにより、親が気が付かない「無言のメッセージ」を受け取ります。親の意向とは別で、「これでお前も死ね」と言われているのかと苦悩します。

「銃」を欲しがっていたから、それで死んだ子の「銃」をあげたのだと言うのですが、形見という形で渡した形跡はないのです。あくまで、暗に秘めたるメッセージ性を発するやり方で、渡しているのです。渡しておきながらメッセージ性があることには気が付かないところは、短慮で浅慮な考えです。
でも、理解できない人は、大体は、「悪気はなかった」と言う程、何も考えていないのです。何も考えていないからこそ、そこまで怖い行動がとれるのです。子供をすべて失う事を想定していたら、きっとできなかったことでしょう。
その何も考えない行動は全て、自分の利益の為です。「銃」を新しく買いたくなかった。ただそれだけで、自殺した子供の銃を、残る子供にプレゼントできるのでしょう。無意識のうちに、支配したい人は、自分の利益だけ考えて動いているのです。

ところで、世の中は、支配したい人であふれています。親や支配したい夫、妻、支配したい・・・・・から、逃げ出せずに思考を失った人はかなり多いです。無意識では死を選ぶほど辛い経験なのですが、意外と受け入れて「自我崩壊」にもつれ込むのです。

問題は、その「自我崩壊」になった人はかなりの頻度でカウンセリングや精神療法をさせられるのに、問題の支配したい欲求が強い人はそういう対象者として見 られる事が少ないのです。彼らは毅然として、詭弁を雄弁に語り、如何に相手に対し自分が振り回されているかを延々と述べますが、その実は自分が相手を振り 回した結果だとは考えたことは全く無いようです。

まぁ、こういう人を、ペック博士は良心がない人間として「邪悪」な人と呼ぶわけですが、邪悪というよりは、自己愛の自己の欲求・願望に忠実であり、人の迷惑を顧みず、自分の望みをかなえるためには法律の関与は絶対に許さないという姿勢を貫く姿勢は、「犯罪者」のようです。自分の要求を通すためには、口手八丁で、色々なところに掻い潜って、ターゲットを探し 出し、見つけたら執拗につけ回し、慎重に破壊して歩くわけです。
自分の心からの願いはたった一つ。「自分より弱い人を完全に支配したい」。

邪悪心理にて支配したい人は、巧みな言い回しで相手の自信を失わせ、やる気を取り上げ、自分自身なしでは居られないように相手の精神 力を壊していきます。それを、宗教や健康食品やマルチでは「洗脳」と呼ぶかもしれませんし、DVでは、「共依存」と呼ぶかもしれません。
何にせよ、強力な武器(虚言)を後ろ手に隠して、脅してなだめすかして、相手を壊して従わせるのです。相手にはもはや、選択肢の浮かぶ思考などありません。完全に、Yesになるのです。

ところで、どうして、支配したがる人こそが精神カウンセリングを受けずに、「次の獲物」を探しに行けて、残された人は長いこと心に傷を負うのかと申しますと、それは残され た方がどれ程支配者に依存していたり、どれ程無抵抗であったかにもよります。つまり、「嘘のつき方」が余りに巧妙すぎると、大人でもやはり「見抜けない」ものなんです ね。熟練したペック博士でも、その人を見抜くのに時間がかかります。

その嘘は、逆に逆手に取ると、案外面白い結果を生み出します。徹底的に逆手にとって見ると実はその人は、「自分に自信もなく、誰かを支配して、その中で安穏としていたかった孤独な像」が見えてきます。その孤独に耐え切れない精神力の弱さが、この支配 を招くのです。支配ができなかったら、完全な拒否となります。
まぁ、いじめでもそうですね。パシリに完全にできなかったら、無視ですもんね。まぁ、どっち かしかできないんですよ。究極の自己愛は誰しも、「孤独が怖い」んですから。

まぁ、その真実をどう相手に悟らせるか等は「考えることさえ無駄」です。こういう人たちは、反省も自省もしないです。してたら、あなたもわたしも救われる面もありますが、多くの被害者が心に長い こと傷を持つのは、「反省しない」「自省しない」つまりは「悪いことだと思っていない」相手の態度に失望するからでしょう。

被害者の方面からの言い訳は弾丸的に出ますよ。でも、被害者が攻撃すると、あの強かった支配者は、急に閉じこもってしまいます。その、「拒否」の盾は、まるで大きな要塞並です。その陽のささない要塞の中で、実は足を組んで座っている「小さな子ども」がこの方々の本質的な中身です。
いつまでも成熟しない。いつまでも、拒み続け、自分に従うものだけを門に招きいれ、要塞の暗がりで暴力行為を続けるのです。

この人たちは、人を傷つけるのには何とも思わな くても、自分がほんの塵一つでも傷つく、磨耗するのは嫌なんですよ。
だから、究極の自己愛。
精神的弱さは、サバイバーを遥かにしのぐ弱さです。サバイ バーが精神力という武器を身につけることができても、この方々は、いつまでも丸腰なので、戦えません。まっとうに戦ったら絶対に負けは見えているからこそ、負けない処で、優位に立って高飛車で説教を食らわし、相手のメンタルを破壊し、支配したがるのですね。

「傷つかないように、傷つけ回っている」そういう理論を理解して受け入れるには、こういう支配者になりたがる人には、プライドだけが高い人が多いですね。自分に不利な事を、何度でも既成事実を作って、作れないときは、人を騙してまで既成事実を作って、「人のせい」に擦り付けます。教養が至って高い、 地位の高い人でも十分行いますし、教養が低くても、金持ちであろうが、貧乏であろうが、まぁ、フラストレーションが溜まれば、誰でもするんですね。


結局、支配欲は、誰の心にもあるもんですから。



脳は平気で嘘をつく 「嘘」と「誤解」の心理学入門 (角川oneテーマ21)
植木 理恵
KADOKAWA / 角川書店
2014-03-20(まぁ、あなたに見えているものとわたしに見えるものは、みんな全く同じですか?って極論から始まるんですが。)

新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか (PHP新書)
上杉 隆
PHP研究所
2012-02-15(マスコミ・メディアは、目的があって嘘をつきます。目的=視聴率)

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こんばんは。

邪悪ときて邪悪の犠牲者のあり方についてです。

機能不完全の家庭に育っている人や、子供のころの環境や大人になっての環境が機能不完全であった場合、精神の成長に関して「アンバランス」になるのはよく あることです。アンバランスさが個人の中の比重に大きく出ると心の病にもなります。結局本人のそのアンバランスに対する苦痛度が病名になるかならないかの 分かれ目です。

大人になったら「自学学習」と皆は思いますが、実は大人は、体だけ成長しただけのことで、精神が成長しない大人など沢山います。

最近、地で精神年齢は幼いまま、年だけとった方が多いです。その成長していく年で学ぶことをせず放っておけば、しょうがありません。バランスは崩れ ます。大人は外見でだけその人を見ます。外見は大人ですし機能も大人です。でも、精神は未熟な大人がいます。そしてその人のアンバランスな成長に困るの は、そういう人が必ず「社会の和」を乱すからです。

そのアンバランスさを解くには、自分でアンバランスだと気がつくしかありません。どこがアンバランスか分からなくなった人には、心理カウンセラーが向いています。けれど、自身のアンバランスさを解きに行くのであって、「基本的に他者を責めて賛同を得る場ではありません」。

人は人の所為にして、進むのを止めたいときもあります。けれど、それでは何一つ進みません。責めていればいいのであれば、そういう場合は、心は病のままだし、自身は幼い自分を他人の所為にして、本来あるべき成長にまで持っていこうという気がないからです。

私の本当の願いは何かと聞くこの問題には、「自身がアンバランスだと思うものは何か?」って質問も含まれています。強い部分を寄り強大にしていきたいと 思っても、バランスが取れなくちゃ、実力は発揮できません。画して、スポーツ選手が精神力を鍛えます。それは、一発ここぞの時、実力をプレッシャーで押さ れないようにして発揮するための物です。

で、大人の自己解決能力を育てるというのは、簡単じゃありません。大人は変な高いプライドがありますからね。まして義務教育ではない、追加補習ですので、金銭がかかりますし、沢山問題はありますね。ですが、本人が答えばかり知りたがって、成長を止めれば、答えを得ても本人の精神は未熟なまま です。
その答えは、何の答えにもならないでしょう。自分が求めるYESな答えだけが答えだと思い込む人は、こういう占い師や様々な人を渡り歩きます。その 前に待ってください。ご自分の中の努力は何もしないんですか?と。

結局、邪悪な人の犠牲にあった人は、精神力を強化して、「自力でその傷を乗り越えていかなくてはならない」んです。でも、その事が沢山の被害者を苛立たせ ます。相手はいつまでも成長しない、悔やまない、自省もしない、楽しく遊びまわっている。なのに、何故自分だけこういう目にあうのか。悔し くて悔しくて言葉が出ない。

非常にごもっともな意見ですが、それには答えがありません。
理由は、邪悪な人には、人に対する情けが1%も転がっていないからです。人を傷つけるのは平気でも自分はちょっとでもかすっただけでも、機嫌が悪くなる人です。これを改修させたいと被害者は思い、痛恨の一撃を与えたいとまで願います。

理不尽な話ですが、無理です。考えるだけ無駄です。だって、情けがないんですから。作れって言ったって、これは更生で生き直しをさせて、非常に苦痛を与えて育て上げても微妙なところです。情けがない人に情けを作るのは難しいです。その感覚を覚えさせることが難しいのです。

気質もあります。遺伝もあります。けれどそれ以上に、精神力が弱い人が精神力を鍛えようと思うのは、死に直面したとしてもできません。人の本質はそんなに 簡単に変わるものじゃありません。その人は今まで自分の価値観を崩されてきた被害者でもあったりします。その為に、鉄壁の要塞を築いているわけです。
この 要塞が簡単に崩れることがないように常にメンテナンスをしています。つまり、この要塞を堅固のものとして、幼い精神未熟の自分と境界線のない自分の自我を 守っているのだと考えられます。非常に危ないバランスです。だから、暴力的に守るのです。一方向からしか見ないのです。

こういうまったく不条理な人を見て、被害者は深く失望します。情けを見出そうと思っても、一抹の情けもない。画してこういった被害者の悩みが長期に渡るの は、「相手への制裁を自分と同じだけ求めてしまう」部分と、「あまりに自分の生命や自我や価値観を崩壊させられる出来事に直面してしまい、自分が取り戻せ なくなる」からです。
ですが、相手や起きた現象に何か因果関係を求めているうちは、何も進みません。それどころか、悩んでいるうちは、不条理な邪悪と全く なんら変わりません。被害者意識で物事を語ってばかりで、何一つ成長しなければ、それは「鉄壁の要塞を持たないタイプの邪悪」でしかないのです。

「何故その人に引っかかったのか」、まずはそういう所から、自分が痛い思いをしてきた今までを冷静に客観的に見て、自分はどうあれば、ここを抜け出せるだ ろうかと考えなくては、恨んで妬んでおしまいです。何の魂の成長はありませんし、恨んで妬んでいる間は、違う意味で邪悪な人になります。
誰もあなたが嘆いていることに長いこと付き合う余裕はありません。それをあなたは周りは冷たいと言い出せば、自分の傷を見せながら、人をお構いなしに傷つける、邪悪の新種としかみ なされないままです。

大人は、成長が終わったのではなく、一生学びです。ですが、大人になって身体の機能的に成長したことだけ大いに行う反面、精神的に未熟な人が多く、その人たちが次世代の邪悪になります。

邪悪の因果はめぐるのです。

それを自分の代で終わらせ、回避するには、自分が大人になって邪悪から縁を切り、邪悪の誘いに乗らないように受け流していくしか他に方法がありません。険しい道です。

ですが、邪悪のままでいるよりは、「遥かに楽な道です。」

邪悪のまま、鉄壁の要塞のメンテナンスに四六時中心を奪われ、気になって気になって、暴力行為を繰り返す間は、実は心など満たされませんし、幸せも感じま せん。ありとあらゆる出来事が猜疑心になり、自己正当化のためにそりゃいらない苦労も背負います。邪悪を貫くのは、邪悪から卒業して大人になるより険し く、不幸なままです。そうして、邪悪はろくな死に方を迎えません。最後まで、心の安堵の地がないままだからなのです。

これ以上不幸な出来事はないと私は考えます。

邪悪の手から放たれ、自身が犠牲者となって、大きく育っていく最初のうちだけは苦しいのですが、育っていけば実はありとあらゆる感動や感情の中に幸せを見 出すことができて、それはとても幸福です。責めてばかりだった自分をネガティブにしていたものから解放されれば、すでに幸せの中にいます。

自分が大好きになれるでしょうし、価値観の再構築の中で、邪悪というものがいたんだという事は、大いなる勉強になるでしょう。そこから抜け出して、幸せを感じ取りにいくか、今のまま、人を責めて責めていつしか自分も邪悪に成り果てるかは、個人の選択次第です。

少なくとも、目の前の生活に色がつきます。モノクロだった破壊された当初より、数段世の中は輝いて見えます。そして、邪悪を完全に許せる時がきた時、あなたは大いなる祝福を持って人々より、「サバイバー」として生き残った者として賞賛を受けるのです。

まぁ、邪悪の犠牲者のままでいるのが邪悪につながってしまい、最終的に自ら邪悪に堕ちてしまうってのは、本当に邪悪は誰の心にもあるからなんですよね。




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(うそ)

(姉妹品にオオカミ少年ってあったね)
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こんばんは。

実は邪悪は3話完結型を検討していて、わたしは霊能者の分野から一言言っておかなくてはいけないと思います。

邪悪の逃げ方にスピリチュアルという精神世界モノがすごく係っていきます。、それをおいしい商売にしてスピリチュアルや霊能者が肥えるんだと最後に書いた ら、私はまたもや、全てのリコネクティングとか、DNAアクティベーションとか、再生を促すものを行う人や、ヒプノさん達から、嫌われてしまいます。(今 でも十分嫌われているとは思いますが)。
自分で自分にできるものは、書きます。「人生、自助努力上等」です。

まぁ、邪悪からの解放に手広く手を広げているのは実はカルト宗教なんですが、邪悪の解放の仕方は、流石にもう自分で考えるべきです。ここまで答えが書いてあった場合は、それ以上は自分で考えるべきです。

自身にふさわしい逃げ方は、十人いれば十人十色です。だから、絶対お勧めでない場合を含めて書きません。お勧めでない場所に嵌るのも、それもまた、今回の 邪悪から逃げ切れなかった自分の再発見であり、邪悪に新たな手で誘惑されると、その誘惑に負けてしまい、邪悪から未だ逃げ切れない自分がいるんだという再認識にもなります。

具体的な解決策は特に記載しません。

よくいつも「考えて」動いてください。逃げる先には、灯りがともっているか見てください。信じられるものは本当は「あなた自身」だけなんです。あなたが しっかりしなければ、あなたの船は沈むのです。あなたは沈む船に甘美な死の誘惑と言って自分に酔う暇はありません。沈むと分かったら、途端に周りの騒然たるあなたの避け具合に、唖然とするからです。

誰も頼りになんかなりません。完全な予見者がいないのと同じく、あなたの未来はあなたが自分で作るのです。運命というには、ちょっと違います。チャネリン グしても、答えは導き出せません。何故なら、全てはあなたの覚悟にかかっているから。あなた自身を信じるのがキーワードです。心の奥底に眠っている本当の あなたに聞いてみてください。

パイレーツオブカリビアンは ご覧になったことがありますか?どんなに裏切られても主人公ジャック・スパロウは、何度も何度も騙されても生き延びて最後に自分の船を取り戻し、そうして海原に 漂います。それまでの間、まぁこいつは本当に物が見えるのか、いつもの冴えはどうして、人間関係には働かないんだ?と思うことでしょう。こんなに冴えてい て、人間関係でどつぼに嵌るのは、まだ海賊という人間関係の中に、彼が「情け」を自分に維持しつつあるからです。

「情け」が本当の希望なんです。でも、どんな賢そうな人でも、どんな情けなさそうな人でも、全力で走りたい時に限って、それでも情けに絡めとられる事、足 をすくわれる事が多いのです。そうして、邪悪に戻ってしまう事もあります。けれど、ジャックは一つだけ素直な願いを持ち続けました。たったひとつ、「ブ ラックパール号という船を取り戻したい。」

さて、彼はお決まりの三部作になるほど人気が出て、三部作になった暁には、三部作全部に、満遍なく十分に運命に弄ばれます。ひどい時は南海に放られたり、タコの口に飛び込んで行ったりします。けれど、彼はいつでも素直に願います。

人生ってそんなもんです。
それでも自分を見失うから、それでも破壊された自分が取り戻しにくいから、人は悩むのです。解放して初めて、自分って一体なんだっけ?自分は何のために生きているのか。自分には忘れていた使命があるのではないか、焦燥感に駆られます。そこを美味しく頂くのは別の邪悪です。

それを見失わせるからこそ、邪悪が行う自我の破壊は強烈なのです。また、一番にそれを見失わせなければ、邪悪の攻防はありえないのです。思考を取り上げ、 自我を崩壊しなければ、本来、人は防衛本能があるから道を見失わない。だからこそ、邪悪は真っ先に本能自体を破壊するのです。

ですが、私の言いたい逃げ道は、簡単です。「逃げようと思い立ったあなたの心」に映る景色は、すでに色がついています。その色のある世界に身をおく維持をしたいか、それとも、またモノクロに戻るか。それだけのシンプルさです。

人生は、生きるか死ぬか、皆平等です。スピリチュアルによく言われる因果の法則で自分を慰めても、慰めきれないからこそ、哲学は発達します。そうして行き 着く先は、昨日のエントリどおりです。自分がその後どう逃げって行ったらいいか、その先の灯りを、見つけなさい。その灯りは、意外と日常生活が自分に映し 出す色で決まるのです。

何故ならそれが、「あなたの邪悪から解放される滑走路の誘導灯」だから。

ためらいなく、間違いなく飛んでください。間違いなく岸から離れてください。間違いなく、躊躇いなく進んでください。

あなたがあなたでいて、最期を迎えるために。あなたがあなたらしく生きたと人に誇れる人生であるために、そして、あなたが心から満足して幸せになるため、ただそれだけのために。

それだけの為でも人生の意味は大いに有意義ですから。
完全に連鎖を打ち切った時のあなたの満足感は、きっと素晴らしい明日に向かって限りなく飛び続ける希望の航路を描くエネルギーだから。




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