こんばんは。
医者が、自分の専門分野と同じ病気になるとは聞く話だ。精神科の医者なら、精神を病み、循環器なら、循環器系の病気になる。
しかし、これは、全く普通の整体のお兄さんの話である。
整体のお兄さんを仮に、正君としておこう。
正君のお仕事は、病や生活の中で、固まった筋肉を解し、そこからアプローチする方法である。なので、正君は、筋肉が大好きである。筋肉を見ると、客が何で悩んでいるかわかると言う。
正君のところへ、ある時客が来た。その客は、クレーム処理を職場でしているのだが、実はある時、ある人に怒鳴られた時から、腰が痛いと言ってやってきた。正君は、腰の調子をストレッチをさせながら見ていて、「心因的なモノだな」と思ったと言う。
その後、客は、どういう訳か、正君を指名して、3日間通い続けたと言う。
勿論だが、正君は、シフトのある限り、その客を引き受けながら、こう思ったと言う。
「3日間通い続けるってことは、僕の整体の結果が出ていないって事なのかな。だったら、3日目は、別の人の方がいいのではないか?」
しかし、その客は、正君を指名してまで、お願いしてきた。しかし、客は何も語らない。何も言わないことが、逆に正君の中で、この人の体は、どうなることが「好み」でどうなるのが「本来あって欲しい点」か、見失ってしまう事となる。
なので、正君は、3日目も一生懸命整体を行い、そして、客は帰り際に言った。
「ありがとう。もう来ないから。」
正君は、3日間で下手だと思われたような気がした。その帰り道、正君は、致死に至るかと思うような事故に遭ってしまう。
正君は、事故に遭ったけれど、間一髪、持ち前の筋肉の躍動でかわし、後遺症はひどくなくすみ、その後2か月後に復活し、仕事を始めた。
久々に整体を行うと、自分がしばらく寝たきりだっただけに、大変疲れるものである。そこへ、また、あの例の客が来た。
客は、やはり今回も3日連続で正君を指名してきた。しかし、正君は、前回、施術後の帰りに事故に遭っているので、結局自分の集中力がミスったんだろ うなと思って、3日目は、同僚にこっそり変わってもらう事とした。客には内緒で、正君は、具合が悪くなったと言って変わってもらう予定だった。
しかし、客は3日目に来たけれど、変わってもらいたくない。今すぐ正君を呼んでくれと言って動かなくなった。
おかしい。おかしい。なんで、僕なんだろう。
でも、周りの客に配慮して、一応隠れていた正君は、出てきた。そして、3日目も整体が終わった。
正君はそのまま、帰ろうとして、駅へ着いた時、強烈なめまいを感じたと言う。浮動するめまいではなく、回転性のめまいである。危ない、脳関係に響いているかも。心なしか、手も両方とも痺れている。
そこで、正君は、そのまま、駅から電車に乗らず、近所の喫茶店に入った。携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
かけたところは、わたしのところであった。正君の最初の事故の時、居合わせたのが、わたしだったので、証人として、電話番号を教えることとなってい た、その半ば忘れかけた電話に、急に思い立って電話したと言う。ちなみに、わたしは名乗っていない。筋肉 正(きんにく ただし)という相手の名前は貰っ た。
「はい。」
わたしは、知らないナンバーの電話に出る時、大変に無愛想である。なので、一瞬、正君は、ひるんだが、正君の中で思う事があって、そのまま正君は、喋り始めた。
ある客が来て、その客の頼み方が、ちょっと変なんだという事。その後、必ず具合が悪くなるという事。
正君は、自分でも思ったと言う。「こんなこと、あの時助けてくれた人に言ったら、おかしいと思われる。」でも、言わずにはいられなかったと言う。
わたしは、一通り説明を聞いた後、ふーっとため息をついて、正君に言った。
「あのさ、それ、職場を辞めるしかないと思う。まぁ、職場を辞めたところで、次の職場が、その客に見つかったら終わりだけれどね。」
不可解な答えが、わたしから、帰ってきた。
「あのさ。その客、手におえないんでしょ?うまくさばけるように、腕が上達するまで、どこか別の店に行った方がいい。」
「・・・・・・・・・・・あの・・・・・なんの腕でしょうか。」
「うん。だからさ。その、相手の体を正常に戻した後、自分も正常のままで維持できる腕だよ。」
「・・・・・・・・。」正君は、一瞬、何を言っているか、通常だったら意味不明だったと思ったが、その時はすとんと腑に落ちたと言う。
「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「いいよ。後ね、手におえないって時は、方違えって方法もある。だから、どこか帰り道に寄り道する事もありだと思いなよ。コンビニでもいい。」
「え?」
「あんたが、3日間でやったのは、所謂憑き物落としってやつだ。災厄を体よく押し付けられたんだね。だからさ、それを、片付けられる方法が見つかるまで、自分が初日からどこかへそれを押し付け続ければ、そいつの呪詛は成り立たなくなる。」
「自分が貰った災厄を、人に押し付ける?」
「うん。整体師さんなんでしょ。人に押し付ける、そういうの後ろめたいよね。それでも、身綺麗になる方法は幾らでもある。」
「塩とかですか?」
「残念だね。塩とか、風呂とかじゃ、そういう憑き物系は落ちないよ。」
「んじゃどこへいったらいいんですか。」
「はー。スーパー銭湯に行って、あかすりしてこすり落とすのが一番だけれど、その人、3日間通ってくるんでしょう。そこまで財力ないよね。」
「はい。」
「うん、だったら、その人の3日目が成り立たない様にシフトを変えればいい。まぁ、職場変える方が、もっと解決つきやすい。何回かシフトを変えれば、相手も嫌がられているのが分かるから。そうなったら、終了。」
「憑き物落としですか。」
「うん。憑き物を受け取る方も、結構ダメージ喰らうから、整体さんだと、腕にリストバンドをはめて、そこの中にお札入れる人もいる。でも、あんま、効かない。」
「それじゃ、どうしたらいいんですか。」
「まぁ、逃げるんだね。相手も死活問題だから、やってくるんだろうし、ろくな奴じゃないよ。憑き物落としは、別に整体師の専売特許でもない。コンビ ニでも、どこでも普通にあるよ。繁華街なのに、理由なく、1件だけうらさびれる店もあるじゃん。あと、自分ばかり病気とかだけれど、自分のところを訪ねて きた人は、成功してばかりというケースもあるじゃん。あんなのも憑き物落とし。」
「憑き物落としなんて、まだこの世にあるんですか。」
「まぁ、平成の時代でも、仕方ないね。ところでさ、もう、いい?電話切っても。」
「あぁ、すいません。本当にお世話になったのに、お礼にも行かず、こんな電話で申し訳ありません。」
「うん。まぁ、そういう系だと思ったんで、手を貸しただけ。もう、二度と電話してこないことを祈るよ。」
「ありがとうございます。気を付けます。」
その後の正君だが、実は、店を大幅に変えたのだけれど、その客に見つけられ、3日経つ前に、店を休むことにしたと言う。
軽くショートメールで、「僕撃退法を見つけました。」「3日間の、真ん中を休んだり、最終日を休んで調整します。」「これで、ここ数カ月、見ていません。」とあった。
うん。まぁ、それもありだ。他者に被害を与えるより、健全な考えだ。頑張れ、正君。
お世話になったお礼に、自分の実力を見て欲しいと言われたが、わたしも憑き物落としをしそうなんで、遠慮しておく。
朋
正統派なやりかたは、相手の図々しさの上を行く、ずうずうしさで、着け還すというテクニックだね。他、憑き物落としをした人の後に、訪ねて行った人 が、逆に拾ってしまうケースもあって、忙しいと、憑き物をどこで落としてしまったんだか、どこで拾ってしまったんだか分からない時がある。
そういう時はね。どうしたらいいかって、よく聞かれるんだけれど、絶対、別の人にも迷惑かけない方法ってないんだよ。
憑き物って、目に見えれば見えるんだろうしね。触感があるって言う人もいるから、見えるだけの存在じゃないんだ。
時折、人はそれを、「鬼」とも呼ぶけれどね。


