こんにちは。
うちには、こういう言葉が存在する。「たぬき道」「たぬきに化かされた」等。ごく普通の状態で、ごく普通に、やってきたつもりだが、何の因果か、泊 まるホテルだと車を止めた場所が、「葬儀場」だったり、見知らぬ神社だったりする時に、家族全員で、心の奥底から湧き上がる違和感を、必死に押さえ込む言 葉である(苦笑)。
違和感はある。普通にある。ちゃんと持ってる。
道なき道とか、人知らぬ道とか、通ってきちゃったときには、遠慮なく、「今日お父さん、またたぬき道通っていくの?」とか「今通っている道、たぬき の道だね」とか、そんな感じで使う。不安感バリバリのところを通っていくのが、主人スタイルで、ほんと、時々思うんだけれど、なんで、こんな普通の場所な はずなのに、山道かと思うような場所があるんだろうと。
そういう道に好んで呼ばれるのが主人である。長男のナビゲートをすっ飛ばし、独自で考え付くルートなのだが、時々、やっぱり、化かされることがあって、一時間近く、目的地周辺とか、家へ帰る道辺りで、グルグルグルグル、その場所を回っていたりする。
無論だけれど、通っている道は、23区でも、区外でも、不安感を誘うような山道いでたちスタイルだ。
前は、富士山に行こうとして、グルグルグルグル周り続け、結局到達したのが、夕方の4時半だったことがあった。この時は、あまりに主人が、クルクル と、おまわりをしているので、あきらめ切った私が、運転を変わって、勘で、場所の抜け道を探した。すると、目的地は目の前だった。結局、12時半から、ク ルクルと、目の前に施設があるにもかかわらず、わたしたちは、おまわっていたという有様である。
おまわるという言葉は、おまわりさんが、周回するその様子から、自分たちが、今度こそ、たぬきに騙されないように、警戒していくぞと言う意味合い で、クルクルが始まりだして、ん?という疑問が心に出てきたら、使い出している。また、おまわりしているんじゃないのとか、そういう感じで使っている。
ちなみに、コトの奇異さに、最初に気がつくのは、次男である。
彼は早く目的地に着きたいので、コトの奇異さによく気がつく。二番目に気付くのは、わたし。三番目は、長男。
ちなみに、四六時中、化かされている主人は、気付く事自体が遅いのである。既に日常になっているというか、時々仕事でこんな事を呟いている。
「しまった。どこそこの書類、たぬきにやられた。」
たぬきのせいで重要機密書類がなくなるようでは、世の中はまだ、捨てたもんじゃない(苦笑)。
朋
昔から、たぬきは「マッチを擦る臭い」と、タバコ臭が嫌いだとは聞く。