「北極星を目指して」 (左脳のひらめき)

I'm your polar star in the journey of life.

カテゴリ: 銀の風 (霊能力)

日本酒 死神 1800ml
死神の顔を見ても酔えるだけの余裕を持たせてくれるだけ、うまいのか?
加茂福酒造


こんにちは。

 

色々と、話を聞いて、出かけてみると、なんとなく理由が分かるような、分からないような不動産がある。

故に、親はセカンドハウスと言う別荘に拘ったけれど、自分は何処に住んでも、防ぎようのないものがあると思っている。故に、セカンドハウスは、持たない。不動産で、儲けるのも無理だ。

きっと、ウチが買った時点で、大島てる行き特別快速、今発車いたしましたあ、なんだよ。

 

ある物件。

日当たりのいい場所、周囲も皆良い人で、特に問題がない。

 

けれど、そこは、何度も建築し直しても、住み続ける人がいない。

建築し直してみて、建って理由が分かる。

 

一軒だけ、暗いのだ。目で見てても、暗く見える。

外壁で補うケースもあるが、外壁で補う前に、この家、地震が来たら倒壊寸前だろうと言う家でも、明るく見えるんだ。

 

他に、売れない不動産があって、半年は、不動産屋で売ってた。その後、ネットに上がった。その後、半年以上しても売れない。良い立地なのにと言うことで、足を運んで見てくれないかと言われて、行ってみた。

 

獣臭がする。ペット臭じゃない。所謂、生臭いのだ。

そんなに悪くない案件であるが、この臭いが染み込んでいるとすると、壁紙を剥がし、珪藻土で全て覆い、ドアや作り付け家具にも臭いが付くだろうから、除臭が必要で、

リフォーム代金を考えた値段引きに応じないと無理であるとは伝えた。

 

しかし、凄く景観がいいし、霊的なモノは特にない。

 

問題は、その臭いが何処から来るのかだろうと思った。でも、面倒くさいから、貸しちゃえば良いだろうと話もした。

 

場所は、良いから、外国人に貸せば問題ないだろう、でも、持ち主は、顔を曇らせた。

売って、そのお金が必要なのだ。でも、

 

売れない不動産の売り方はあるが、とにかく、ここで普通には暮らせるひとは少ないだろう。そもそも、値段が億越えなのだ。億を越えるなら、誰も、心理的瑕疵してないけど、瑕疵物件に育ったところを買わないだろう。

 

何故かが言えないのだが、そこの集合住宅の「闇」のような気がした。

 

ウチの近所でも、痛烈なことがあって、売れない不動産ができた。どうにもこうにも、そこは、入居者が入ると、あっという間に夜逃げするように出て行く。不思議であるが、

 

ある日、とてつもない入居者がそこを買った。

 

とてつもない入居者は、イメージで言えば、黄金の塊でできた歩く仏像のような感じだ。後ろの後光も、キンキラキンで、問題ない。

この人間の安定感、重厚感、夜目に眩しいひかり感、これが、この不幸の溜まり場、夜のコンビニにたむろう場のような、殿堂を、

 

安定感ある良い物件に変えたのである。不思議なことに臭いも消えた。

 

当然、この不幸の溜まり場は、移動しようと画策し、その上の家に移動した。

移動して、すぐ、その家は赤子を迎えた。赤子は、恐ろしいことに双子だっただけに、陽の気が満ち溢れ、その家は、不幸の溜まり場を逃れた。

 

その後、しぶとく、不幸の溜まり場は、逃げ水のように移動して回ったが、うまい具合に、皆、ペットを飼い出したばかり。

 

ついに、分かったように、あるところへ、移動した。

消えるとかないようで、確かに、そこは、住み心地が良いのか、取りあえず、民泊になっている。目撃例も聞くが、持っている人間が外国籍なので、違和感はなさそうである。

そこの持ち主は、帰って来たら、リフォームするんだそうだ。通常でも、スゲー内装ではあるが、珪藻土は、マストらしい。

 

理由は、つくものとつかないモノがある。

どう、考えを巡らせて、情報を操作しても、まだ、分からないモノがあるんだということだ。その内、エキスパートの手で、

ロンダリングできるだろう。

 

つーか、家はいつも死者が出れば、赤子や新しい命で、浄められる。

ただ、わたしも、幽霊物件に住んだが、ウチの赤子や子供は、オカルト体験ビシバシで、彼らには、未だ、トラウマがある。

で、これが、こんな手で、全て回避できる出来る訳じゃないってことは、絶対覚えておいた方がいい。

一番怖いのは、この手の物件を回す度に手数料で売買倍々ゲームしている不動産屋さんである。

 

 

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こんばんは。

 

結構、大事な事なんだ。


友人は、若い頃、自分の1人暮らしで、ある晩目が覚めると、夜、女が部屋の床で、自分の寝ているベッドに向かって座っているのを見つけた。

怖いのは、彼は童貞。初体験だから。初体験を語る友人は、まるで、童貞(いや、マジな童貞だけど女性と接触経験はキスくらい)のような、はにかみっぷりで、怖くて、寝れなかったと頬を染めて、言った。

 

翌日も出たそうである。

その翌日も出たそうである。

次の日も出たそうである。

 

彼は、残念ながら、お祓いとか、そういう事を考える人ではなかった。日常の仕事が忙しすぎて、勉強と両立させるのには、大変だったのだ。資格を狙っていたので、それどころでは、なかった。

 

しかし、毎日出ると慣れてくるもので、話しかけて、返事が貰えないまま、ひとり上手で、資格試験を勉学した。試験に受かった。



彼は、その日から、悪い奴になった。笑。

 

幽霊の座っているところが、触れないか、色々、試してみたら、触れたのだそうだ。

少しずつ、少しずつ、彼は、毎日同じ場所の幽霊を、誘導して、警戒心を持たれぬよう、ベッドへ誘い込んだ。


添い寝だけ。

添い寝。

添い寝だけど、手を繋ぎたい。

いつしか、眠ってしまうといない幽霊なだけに、慎重だった。

 

ある日、ベッドで、ついに、胸を触る機会を得た。

 

彼は、それだけで凄く幸せな気持ちになると思い、手を伸ばした。確かに、顔は、やる気もない、生きる気力もない、疲れ果てた顔は、女性の顔だった。顔色も悪かった。ベッドに一緒に寝てるくせに、頬を赤らめるとか、恐怖感や諦めの色もない。

でも、彼にとって大事なのは胸に触ることだった。

 

胸は、

 

胸は、貧乳だった。


 

彼は、しばらくして、いきなり、大きな声で、「ちッパイ!」と叫んだ。


 

叫んだ瞬間、幽霊は、消えた。ちッパイは、文字通り、ちいさなおっぱいの事である。

もう、その翌日も、翌々日も、幽霊は、現れなかった。

 

ところで、なんで、そんなデリカシーのない発言を、事もあろうに、幽霊にしたんだ?と尋ねると、実は、その幽霊の胸は、男性のようであり、しかも、なんだか、顔を見直してみたら、首に喉仏があるような、ないような。

 

そこで、下まで確かめたら、自分が終わるという、恐怖だったんだそうだ。

 

ところで、どんな貧乳っぷりなのか、尋ねると、柔道初段程度の胸だそうで、そこから先は、高校時代に誰にも言えないトラウマがあったらしいので、あえて、口にしたんだそうだ。

 

ある意味、完全和姦成立と考えた彼は悪人だったが、結局、幽霊は、2度と彼の前に現れなかった。

 

「あのさ、朋だったら、どうする?」

 

わたしか。

まずな、見知らぬ奴と仲良くなっても、ベッドに誘わねーわ。

そう答えたら、そうだよな、そうだよなと。


 

彼は、一応、後日、そこまでの期待感を興奮として下半身に維持し続けた為、リアルで資格持ちの男に群がる、誘ってくる女の子達の誘いに、応じて、かなり濃密ないい一晩を過ごしたと言う。

 

幽霊の事はどうなったか、結局、未だ、彼を見てると、どうやら、あと腐れなかったようである。



 

 

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こんにちは。

 

昔、寒過ぎて、長男とリビングで、夜寝ていた際に沢山の怪奇現象が起きた。


そのひとつが、長男が夜中起きた時、自分達の上に、バスケットボール大の大きさの、真っ白なハロゲンライトの光が揺らめいていることを目撃したことだった。


長男は、前から、母親のわたしより、

「山の神は、とてつもなく怖い。彼らを判別する色は簡単だ。彼らは、ハロゲンライト級の色で来る。」


という話を 聞いていたので、即座に当たりがついたようだった。母親を起こして、なんとか、自分の怖さを訴えようと思ったが、実は、母親のわたしは、一旦寝てしまう と、途中で起こされると、大変な頻脈になって苦しくなるので、激怒する。なので、それができず、悶々として、翌日を迎えたようであった。



そこで、長男は、昨晩の話をした。


しかし、母親であるわたしはこう答えた。


「あのな。ハロゲンライト級の奴に出会ったら、もう、どうだとか、なんだとか思うな。畏れ多い怖さがあるとは思うが、毛布をかぶって、寝た振りしてれば、いつかは寝れるぞ。とにかく、なんとかできる相手じゃない。」

「じゃぁ、幽霊とかお化けとかはどうなの?」

「あんなのは、テニスラケットでもイメージして、ポーンと思いっきり、ハイ、ホームランです位に飛ばせばいい。可哀想な同情すべき奴は、幽霊の中の 1%にしか過ぎない。あとは、同情の余地がない。どうせ、生前ろくな人生を送ってこないで、そういう状態になったんだろうよ。努力している奴は、努力をし ない奴にかける情けなんかないってハッキリ言えばいいんだ。」

「そうなの?」

「そうだろ。お前、努力しているだろ。してねー奴見て、どう思う?そいつが、惨めになっても助けたいと思うか。」

「・・・・・・・・・・思わないし、思えない。」

「だろ。努力している奴にしてみたら、しないで、ぐずぐず言っている奴なんかどうでもいいんだよ。ただ、神には気を付けろ。」

「なんで?努力したら神になれるんじゃないの?」

「まさか。そんな訳ないだろう。我々でせいぜい成れるのは、仏が関の山だ。神はな、神は、それ以上の存在だから、もう、こっちが意見言ったら終わりだ。」

「お母さんにも、怖いものがあるんだ。」

「あるよ。神だろ、神。霊能者という仕事をやってきて色々あるけれどな、神が絡んでいる案件程めんどくさくて難しい案件はないんだよ。」

「どうして?」

「神こそが、理不尽の塊だからだ」


どんな神でも、神の一種だから、めんどくさいことになる。理不尽を法悦で乗り越えるつもりはない。科学は何のために微少ながらに発達しているのか。医学はどうして犠牲者を出しても進んでいくのか。それは、全部、理不尽に対抗する為じゃないか。


犠牲者は理不尽だろうと言えど、その人の功績で更に進歩していくのだ。犠牲者達は尊い。


無作為に選ばれて、科学の進歩の為にと言われても納得は家族も本人もできない。でも、今まであなたが生きてこられたのは、誰かが強く思いながら理不尽と闘った成果物を、無意識に恩恵を受けていたからなのだ。



という訳で、実は、先日ある案件をある人に渡すまでは、うちの中は、色々な電化製品が壊れて動かなくなっていた。地震の前はこんなことが起きるのだが、ちょっと今回は違った。けれど、案件を渡してきたら、うち中の電化製品が正常に動くようになった。


不思議すぎて、意味わからない。まあ、損分が出なきゃいいやね。

 

という訳で、ハロゲン級のその光の珠はなんだったのか、そこは、実は、わたしも、あんまり相手のルーツを探ると、禁則地域に触れてしまうので、自身に大変痛い目が返ってくるか、シャットダウンさせられてしまうので、

 

神には気を付けろ

 

という、ありがたくない言葉が、我が家の家訓となった。


 



護られてる場合も、喜んでる場合じゃない。相手はあなたへの加減を知らないし、止めようとしない。護られてるのも実は災難であるというお話。

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呪いの除け方―知らずにしているこんな不作法
呪いの除け方はね、「嫌なモノは嫌」、これを徹底する事。無意識下のお人よしは、結局、あなたの自己満足だけで、誰のためにもならない。
三五館


こんばんは。

 

意外と、呪いが形になるひとが、いるんだ。

呪いって色々受け手に症状が、不定愁訴の様に出てくるけれど、大体は、受け取り手の一番弱いところを叩く事が多い。


前回、出てきた「筋肉 正君」のような感じに、同じ人から受け取ることでも、違った症状を生み出すこともある。でも、大概は、胸の重さかな。あぁ、 Eカップとか、Fカップの重さじゃなくてね。押しつぶされるような重さ。強いて言えば、ダイヤ大混乱の朝に乗る電車のような潰れそうな感じ。


ところで、呪いを呪いだと思って呪っている人が、意外と少ないんだよ。


普通は、苦しくて辛くて呪ってやりたいって思う相手は、一生の内、生きていれば一人や二人じゃすまないはずなんだけれど、大体の人は、その思いは、 どんなに恨みが強くても、「迷惑だな」か、「大迷惑」「目の前から消えて。」「早く、職場辞めて」程度の念で終わっちゃう。だから、相手まで届かない。


ところが、集中力がなんとやら、不健全な方向の集中力が際立っている人は、「迷惑」を、なんと、うるさいな程度の迷惑にも、「恨み」「呪い」レベル で当たってしまう。だから、自分が嫌だなと思った人が次々に不幸になるケースなんか、時々、そういう人が裏にいたりして、自覚のない「馬鹿」が一番手に負 えないよなと思う事がある。


その自覚のないうましかさんが、結局は、ほんの少しのことでも、他人にはかなりの集中力を要する「恨み」「呪い」を簡単にかける事ができる。うまし かさんは、「我慢ができない」。それで、うましかさんは、ただ単なる通りすがりの人が、ぶつかっただけで、「恨み」「呪い」をぶちまけるんだから、凄いも んだと思う。


無論、そういう人は、元より大体顔つきでもわかりやすいし、多少なり、行動でもわかりやすい態度を取る。


それで、通りすがった人にまで「呪っちゃう」ような性質だから、無論、日常生活まで集中力が保てない。疲れやすくなり、病気になりやすい。


だから、 日常生活は、負け犬の遠吠えって人が、割と「特別な能力」を持っていることは多い。

まぁ、言っちゃえば、暇なんだね。
でも、健全な集中力の使い方じゃない ね。まぁ、、通常、そういうことが多くなったら、多少なりとてコントロールを試みると思う。コントロールできると、仕事にしようとする。


だから、大体の占い師や霊能者は、潜在的に「上手な呪い手」の面があるんだよ。人格が未熟だからね。



それで、人格がある程度成熟してくると、御釈迦さんが仰った「中庸」が肝心なことが分かってくるので、無闇と人と絡まなくなるし、そもそも、道端で ぶつかり稽古をしたい道場破りみたいな人の相手まで一々しない。

めんどくさいから。

それに、段々、こういう能力が、人のメンタルにどれ程関与するかまで、影響面を考えたら、 やたら、干渉したがらなくなる。そうなると、あるんだかないんだか、分からなくなってくるのが、そういう力ってやつ。


だから、そういう力を使いたいと思ったり、自己犠牲の精神とか、笑っちゃうようなポエムの点があったら、それは、きっとその人は、その力が芽生えた PTSDに悩んでいるんだと思っていいと思う。

もしくは、プライドの高さに、自分の内面がついていけない時の空威張り。普通の倫理では、多少なり、自分が 思った事で、「ある人が嫌な目に遭った」場合、少なくとも自身の心を反省するはずで、反省しなかったら、「腐れ外道」だからね。


まぁ、そんな形で、綺麗な思いで、白魔術に昇華できる人もいれば、どす黒い思いで、黒魔術に昇華する人もいる。


ただ、通常は、どっちも普通に使えるので、白専門とか、黒専門とか、そんなくくりはない。絶対ない。ホワイトハッカーとかITで呼ばれてもね、結局のところ、ハッカーはハッカーであってホワイトもブラックもない。偉そうにしててホワイトですとか言ってると、時代の思想が変わった時、そういう人は生活保護まで行きつくほど仕事無くなるから。やめておけ。

誰かに都合のいい時だけ、ホワイトって呼ぶんだよ。就活でホワイト、ブラックとかあるように。


弁護士でも、離婚専門、医療訴訟専門、債権処理専門とかあるけれど、始めの司法試験の時は、ジャンルなしだからね。だから、結局は、得意分野はその人間が自分の性質と共に培っていくものが多い。


別に、特殊なことでもないし、共存している人は幾らでもいる。しかし、呪いを形にして、ほんの些細なことまで、「人に報復措置を行う」人は、まぁ、悩むとは思うね。でも、悩むんだったら、解決は簡単だよ。

 

ぶつかった人、自分に何か嫌なことをした人、報復措置をしたい人を決める設定基準を、少しずつでもあげればいい。それで、あげ方は、簡単。無頓着になればいい。なっていけばいい。

 

意外と、歩きスマホで無頓着な人いるじゃないの。あんな人も、まぁ、気がつかないで、ホームから転落して、霊能者に「呪われた」とか駆け込んできた ら、やりきれないよね。他に、嫌だと思う人が、皆変な目に会うことが多かったら、嫌だと思うことをしない様に自分をコントロールすれば、半分以上は関係妄 想だよ。


でも、真面目に呪っちゃった場合は、マジで報復されたら、ただじゃすまないと思っておきなよ。


割とこういう世界、急に具合が悪くなってしまい、どうしたもんだろうと思うことがある。そこへメールが着て、「わたしを恨むのは止めてください。」 とある。え?あなた?だれ?そもそも、どこで何したんでしたっけ?と考えていると、どんどんメールが着て、「あなたのブログを見てから、あなたに恨まれて いるとはっきりわかります。」と言うメールが来る。

サイコホラーだよ。でも、

電波系なんだろうけれど、お見事、あなたの恨みは、時空を越えてわたしへどんぴしゃに届いているよ。あなたが、勘違いして送ってきたものを、普段まめに返信する様なわたしは、そんな暇人じゃない。でも、絶対返されないと思うなよ。


でも、明らかにわたしの納期を邪魔するような呪いの仕方をしてきたら、勿論、拝金教の名にかけて、あんたに送ってもらったものを、送り返すだけだよ。

 

まぁ、半沢直樹じゃないけれど、「倍返しだ」。(嘘)。

 

でも、通常、人を呪わば穴二つと言う。別に、前の穴と後ろの穴って話じゃない。

他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されることになるので、墓穴が二つ必要になる。人を陥れようとすれば自分にも悪いことが起こるというたとえ。(Goo辞典抜粋)


あんまり、低俗な連中に向かって、いちいち相手にしてたらキリがないぞ。後、呪ってくる様な奴には、明らかに不快な対応 をすれば、それだけでいいんだ。他に、追う様な真似をすれば、炎上商売になって素晴らしくなる。


筋肉 正君に相談された際に、その女性から逃げる様に指示し、決して「憑き物を送り返そうとしなかった」わたしの姿勢は、「スルー以上のお構いはできません」っ て姿勢を現している。


正君は、整体師という客商売だ。正君がまっとうに相手にすればするほど、相手はより攻撃的となる。多少なり、お相手して、やんわりお帰りいただくだけの技術を正君が持つべきで、正君には、客商売の人あしらいの良さを教えたまでのこと。


呪いも同じ。呪われても、あしらいさえ良ければ、そんな呪いなんか効果ないし、返すんなら、同じものを頂いた時と同じだけ返せば済むこと。それで、返して、また頂き物をする可能性があったら、絶対スルーした方がいい。


揉め事を起こしやすい人は、わずかなことでも、怒りが沸点に達する。沸点が低いんだ。些細なことでも、針小棒大に騒ぎ、本当に精神が持たないだろう とお察しする。でも、人格が未熟な証拠。今が、未熟でも、成熟すれば問題ない。普通はそれで、未熟な自分を恥じて、沸点をあげようと努力する。


しかし、どんなに人格ができても、人には必ずウィークポイント(地雷)がある。例えば、仕事上で幾ら罵られても平気な人が、家に帰って、「このうすら禿げ」と息子に言われて、激怒して息子を殺すこともある。


一番は、揉め事に携わらない様にしていくこと。巻き込まれやすい人は、お人好しの面が、無意識にそういうものを呼び込んでくる。あなたの中で、誰か に必要とされたい面があったり、心が寂しいと必然とどんな人の心にでも、無意識に揉め事に巻き込まれる癖を作らせる。一線を引けない人こそ、呪われやすく て、呪いやすい。



とかく、呪いが、「形」になりやすい人は、己の腐れ外道を恥じて、多少なりすれ違う人にも「無頓着」になるべきだね。袖触り合うは多少の縁よ。まあ、汚れて汚い袖じゃ失礼だと思わない?


 

自分から、縁を壊してどうするつもりよ。

 

 

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こんばんは。

 

医者が、自分の専門分野と同じ病気になるとは聞く話だ。精神科の医者なら、精神を病み、循環器なら、循環器系の病気になる。

しかし、これは、全く普通の整体のお兄さんの話である。

 

整体のお兄さんを仮に、正君としておこう。

正君のお仕事は、病や生活の中で、固まった筋肉を解し、そこからアプローチする方法である。なので、正君は、筋肉が大好きである。筋肉を見ると、客が何で悩んでいるかわかると言う。

正君のところへ、ある時客が来た。その客は、クレーム処理を職場でしているのだが、実はある時、ある人に怒鳴られた時から、腰が痛いと言ってやってきた。正君は、腰の調子をストレッチをさせながら見ていて、「心因的なモノだな」と思ったと言う。

その後、客は、どういう訳か、正君を指名して、3日間通い続けたと言う。

 

勿論だが、正君は、シフトのある限り、その客を引き受けながら、こう思ったと言う。

「3日間通い続けるってことは、僕の整体の結果が出ていないって事なのかな。だったら、3日目は、別の人の方がいいのではないか?」

 

しかし、その客は、正君を指名してまで、お願いしてきた。しかし、客は何も語らない。何も言わないことが、逆に正君の中で、この人の体は、どうなることが「好み」でどうなるのが「本来あって欲しい点」か、見失ってしまう事となる。

なので、正君は、3日目も一生懸命整体を行い、そして、客は帰り際に言った。

「ありがとう。もう来ないから。」

正君は、3日間で下手だと思われたような気がした。その帰り道、正君は、致死に至るかと思うような事故に遭ってしまう。

 

 

正君は、事故に遭ったけれど、間一髪、持ち前の筋肉の躍動でかわし、後遺症はひどくなくすみ、その後2か月後に復活し、仕事を始めた。

久々に整体を行うと、自分がしばらく寝たきりだっただけに、大変疲れるものである。そこへ、また、あの例の客が来た。

客は、やはり今回も3日連続で正君を指名してきた。しかし、正君は、前回、施術後の帰りに事故に遭っているので、結局自分の集中力がミスったんだろ うなと思って、3日目は、同僚にこっそり変わってもらう事とした。客には内緒で、正君は、具合が悪くなったと言って変わってもらう予定だった。

しかし、客は3日目に来たけれど、変わってもらいたくない。今すぐ正君を呼んでくれと言って動かなくなった。

 

おかしい。おかしい。なんで、僕なんだろう。

でも、周りの客に配慮して、一応隠れていた正君は、出てきた。そして、3日目も整体が終わった。

 

正君はそのまま、帰ろうとして、駅へ着いた時、強烈なめまいを感じたと言う。浮動するめまいではなく、回転性のめまいである。危ない、脳関係に響いているかも。心なしか、手も両方とも痺れている。

 

そこで、正君は、そのまま、駅から電車に乗らず、近所の喫茶店に入った。携帯を取り出し、電話をかけ始めた。

かけたところは、わたしのところであった。正君の最初の事故の時、居合わせたのが、わたしだったので、証人として、電話番号を教えることとなってい た、その半ば忘れかけた電話に、急に思い立って電話したと言う。ちなみに、わたしは名乗っていない。筋肉 正(きんにく ただし)という相手の名前は貰っ た。

「はい。」

わたしは、知らないナンバーの電話に出る時、大変に無愛想である。なので、一瞬、正君は、ひるんだが、正君の中で思う事があって、そのまま正君は、喋り始めた。

 

ある客が来て、その客の頼み方が、ちょっと変なんだという事。その後、必ず具合が悪くなるという事。

 

正君は、自分でも思ったと言う。「こんなこと、あの時助けてくれた人に言ったら、おかしいと思われる。」でも、言わずにはいられなかったと言う。

 

わたしは、一通り説明を聞いた後、ふーっとため息をついて、正君に言った。

「あのさ、それ、職場を辞めるしかないと思う。まぁ、職場を辞めたところで、次の職場が、その客に見つかったら終わりだけれどね。」

不可解な答えが、わたしから、帰ってきた。

「あのさ。その客、手におえないんでしょ?うまくさばけるように、腕が上達するまで、どこか別の店に行った方がいい。」

「・・・・・・・・・・・あの・・・・・なんの腕でしょうか。」

「うん。だからさ。その、相手の体を正常に戻した後、自分も正常のままで維持できる腕だよ。」

「・・・・・・・・。」正君は、一瞬、何を言っているか、通常だったら意味不明だったと思ったが、その時はすとんと腑に落ちたと言う。

「分かりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

「いいよ。後ね、手におえないって時は、方違えって方法もある。だから、どこか帰り道に寄り道する事もありだと思いなよ。コンビニでもいい。」

「え?」

「あんたが、3日間でやったのは、所謂憑き物落としってやつだ。災厄を体よく押し付けられたんだね。だからさ、それを、片付けられる方法が見つかるまで、自分が初日からどこかへそれを押し付け続ければ、そいつの呪詛は成り立たなくなる。」

「自分が貰った災厄を、人に押し付ける?」

「うん。整体師さんなんでしょ。人に押し付ける、そういうの後ろめたいよね。それでも、身綺麗になる方法は幾らでもある。」

「塩とかですか?」

「残念だね。塩とか、風呂とかじゃ、そういう憑き物系は落ちないよ。」

「んじゃどこへいったらいいんですか。」

「はー。スーパー銭湯に行って、あかすりしてこすり落とすのが一番だけれど、その人、3日間通ってくるんでしょう。そこまで財力ないよね。」

「はい。」

「うん、だったら、その人の3日目が成り立たない様にシフトを変えればいい。まぁ、職場変える方が、もっと解決つきやすい。何回かシフトを変えれば、相手も嫌がられているのが分かるから。そうなったら、終了。」

「憑き物落としですか。」

「うん。憑き物を受け取る方も、結構ダメージ喰らうから、整体さんだと、腕にリストバンドをはめて、そこの中にお札入れる人もいる。でも、あんま、効かない。」

「それじゃ、どうしたらいいんですか。」

「まぁ、逃げるんだね。相手も死活問題だから、やってくるんだろうし、ろくな奴じゃないよ。憑き物落としは、別に整体師の専売特許でもない。コンビ ニでも、どこでも普通にあるよ。繁華街なのに、理由なく、1件だけうらさびれる店もあるじゃん。あと、自分ばかり病気とかだけれど、自分のところを訪ねて きた人は、成功してばかりというケースもあるじゃん。あんなのも憑き物落とし。」

「憑き物落としなんて、まだこの世にあるんですか。」

「まぁ、平成の時代でも、仕方ないね。ところでさ、もう、いい?電話切っても。」

「あぁ、すいません。本当にお世話になったのに、お礼にも行かず、こんな電話で申し訳ありません。」

「うん。まぁ、そういう系だと思ったんで、手を貸しただけ。もう、二度と電話してこないことを祈るよ。」

「ありがとうございます。気を付けます。」

 

その後の正君だが、実は、店を大幅に変えたのだけれど、その客に見つけられ、3日経つ前に、店を休むことにしたと言う。

軽くショートメールで、「僕撃退法を見つけました。」「3日間の、真ん中を休んだり、最終日を休んで調整します。」「これで、ここ数カ月、見ていません。」とあった。

 

うん。まぁ、それもありだ。他者に被害を与えるより、健全な考えだ。頑張れ、正君。

 

お世話になったお礼に、自分の実力を見て欲しいと言われたが、わたしも憑き物落としをしそうなんで、遠慮しておく。

 

 

正統派なやりかたは、相手の図々しさの上を行く、ずうずうしさで、着け還すというテクニックだね。他、憑き物落としをした人の後に、訪ねて行った人 が、逆に拾ってしまうケースもあって、忙しいと、憑き物をどこで落としてしまったんだか、どこで拾ってしまったんだか分からない時がある。

そういう時はね。どうしたらいいかって、よく聞かれるんだけれど、絶対、別の人にも迷惑かけない方法ってないんだよ。

憑き物って、目に見えれば見えるんだろうしね。触感があるって言う人もいるから、見えるだけの存在じゃないんだ。

時折、人はそれを、「鬼」とも呼ぶけれどね。

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こんにちは。

 

 

2016年頃、割と、最近不動産の件で相談が多くなった。

これが、相手を知らなきゃ、必要な点、ヤバい点、正直に話せる。

相手が知り合いで、尚且つ、冷静感欠いた人だと、絶対に、問い合わせが、本当にデメリットなんて、口が裂けても言えない。相談に来る頃には、当人は、

 

「まずい事を自覚し始めてる。そこへ、一気に杭を打つのは、相手の攻撃心に火を点ける行為なので、危険過ぎる。」

 

かと言って、杭を打つ程でもなく、少々でも押さなきゃ、後で無能呼ばわりになる。

 

事故物件って言っても、極最近の暴雨に対応できず、水が溢れるとか、壁に漏れるとか、そんなだけじゃなくて、自動車が沈む事も、結構多くなった。そう言うのもあり。

 

不安になって、売りたいのか、しきりに知り合い達が尋ねるのだけれど、

 

正直に今、デメリットが目に見えるのなら、対策を講じて待つしかない。

 

でも、そうなると、人って、極端な程、自分の愛着のある住処に潔癖症を発し、今すぐ手放したい、安心できない、まるで、「手放さないと、カウントダウンで死ぬ」みたいな心境になるらしい。

 

そう言うのを安く買い叩く人に、激安に買い叩かれて、幸せそうだったりして、人は、自分への害を極めて高く察知し、極めて高く、逃げようとする。

 

そこで、結局、買い叩いた人が、工夫をして、置いてあるのを見ると、今度は、

 

自分がやってしまった損分を計算して、眠れなくなるらしい。

 

まぁ、大体、色々起きるとさ、必ず、それを補うグッズの開発が始まるんだわ。だから、それを待てば、別に焦る必要なんてなかったんだと思うんだけれど、

 

人の煽り文句と、テレビやネットの影響は、やはり、大きいよね。

 

最終的に満足できないのは、結局自分が捨てたそこがどうなったか、頻繁に見に行くからだよ。

 

「見にいく行為は、自傷行為」だと認識できないから、メンタルにギリギリ来るんだよ。

 

まぁ、でも、煽られた不安で一杯の人に届く言葉なんてないけれどね。不安を煽られて、それで潔癖症気味になるのは、誰もが一回は通る道。

そこで、我慢できるか、放り投げるかが、問題なのかな。

 

 

 

 

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ポムポムプリンの『パンセ』 信じる勇気が生まれる秘訣 (朝日文庫)
朝日新聞出版
2015-04-07

自分を知ると、信じる勇気が生まれてくるよ。神様より、ご霊験あらたかだから。自分自身って。でも、ストイックになる必要はあるんだよ。

こんにちは。


自分でも思うんですけれどね。エネルギーとか、神とかって、半分以上の人は、それに繋がれたことの「選民意識」ってありますよね。

ご利益もそうですが、実際に、本当に祟られていて、凄く大変な家ってのは、実はそんなにないんですよ。でも、わたしの婚家なんかはそうですが、あれは、どういう訳か、触った時に凄まじい悪寒と、凄まじい粗い波動をしておりました。

基本的に、このようなものに対して手で触ることは、こういう道を歩まれる方には、心得として知っていて欲しいのですが、触ってはなりません。直に手 で触ることは、あまりにひどい場合には、正直に言えば、色々害もありますし、思っても見なかった歪の中で、返り矢として自分に跳ね返ってくる恐れもありま す。

ですが、わたしが、なんでも触ってみて識別していたのは、実は理由があります。

わたしは、学生の頃、放射能の生体検査をする上で、放射線取扱を学んで講習も受けました。無論ですが、わたしは理系ですので、学科のカリキュラムの 中では、ゴーグルを着用して、「目」を守りながら、マニピュレータにて、実験をすることもあります。ですが、その当時から、実はわたしは、ゴーグルが嫌い で、講師に何度も注意されても、ゴーグルをしませんでした。ついでに言えば、濃硝酸と濃硫酸の実験の際にでも、濃硝酸も濃硫酸も、素手で触っておりまし た。

触ったので、手を拭こうと思って、白衣で手を拭いておいたら、白衣がボロボロになりました。

それで、暫くの間、わたしは、こんなずさんな実験の中で、指紋が薄くなることがありました。講師も、メンターも、わたしに対して呆れ顔で、放射能の 実験の際には、ついに、放射能は目に見えないと、散々父親に言われていたにもかかわらず、放射能物質を、真上から覗きこんでしまいました。それにて、胸に つける被曝バッチが、一瞬にして黒くなってしまいました。

父は、それを聞いて、「お前には、放射能に関してどういう拡散をするかは計算ができても、実際の放射能を使用しての研究は無理だ」と言いました。同 時に、その当時の研究室の教授も、講師も、わたしのずさんさには呆れておりまして、ついに、犬の生体解剖を行う際には、フィラリアが寄生している血液で、 その犬達は、フィラリアが、心臓を侵すんですね。心臓から、やけに草が生えていると思っていたら、実は、成長したフィラリアであったと言うことで、ラバー の手袋もハメないわたしに、教授は深くため息を付き、君は、安全な生体解剖を行なって成果を出せと言われる始末でした。

そういうずさんさがあったがために、わたしは、心霊の分野においても、手の感覚というものを大事にして来ました。

全く、波動を感じないこともあるし、粗い波動で苦痛を感じることもありました。そして、その中で、自分なりに処理してきたのです。これは、ある意味 であれば、わたしには、現時点もブロックできるほどのお助けグッズの供給先をいつも確保していたことも、安心に繋がりました。しかし、お助けグッズが間に 合わなかったときは、持ちこたえるのには苦労をしました。

ですが、通常の方々の感覚などでは、そこまでお助けグッズを、頻繁に買う必要ないと思います。無論ですが、エネルギーを覚えればいいという事ではあ りません。わたしは、結構後ろの担当者が変わるのですが、実はその担当者に馴染むまでに凄く時間がかかります。なので、あまりに早く駆け抜けていった理由 の一つとしては、それだけ、わたしが昔から悩んでいた問題が多かったという理由になると思いますし、誰も、教えてくれない中で、自分なりに解決策を考えな くてはなりませんでした。

なので、わたしは、わたし独自法を開発しておりますが、わたしの講座生であった「女子会」のみなさんは、全てが全てこの方法で習っているわけではあ りません。わたしは、わたしの手痛い反省点を踏まえて、女子会の人に伝えていますし、他にある程度教えている人にもそのように当たります。

決して、わたしの方法が沢山の人に汎用性があるとは思えません。わたしは、割と度胸があるので、なんでも素手で行きますが、汎用性はありません。

また、ついでに言えば、巷で習っていらっしゃる方で、講師に何かしらの疑問を生じた場合には、そこの見解の違いについて、離れていくのもひとつの手 です。講師は少なからずパーフェクトではありません。講師のやり方が全てではありません。教える中で、疑問を持ったら、一旦距離をおくことも大事です。

 

そして、ずっと訳がわからないけれど、同じ事を延々とさせられる人に関しては、その分野に関して、技を磨くのは、単なる努力じゃ出来ません。気が狂 うほどの努力の中で、少しずつ会得していくこともあります。ですが、同じ事を延々と課題として与えられる講師の人に対して、人間性に疑問を持ったら離れる のも一興です。また、講師当人の未熟さも、予め了承しておくことは必要です。

延々と行わせる講師に不満を持って、相談に来られる方が以前多かったのですが、一言言わせていただければ、我慢や堪え性がない人が多かったり、即、 有名になることばかり夢想して、地に足がつかない人、また、自身の既にお持ちの既成概念に囚われて、それを吹聴したいがために、講師の門をたたく人もいま す。

つまり、自分が有名になる足がかりとして、講師を利用したに過ぎない人もいるのです。

既成概念や、既にお持ちの持論を展開したい人は、謙虚さに欠けています。この道は、謙虚や学びを柔軟に取り入れてこそ、花開くものです。持論で有名 になりたい人は、そもそも、最初からご自身でおやりになればいいのです。その持論が、一般ウケするのか、大衆ウケするのかはわかりませんが、少なくとも、 上から目線であることは確かです。

どんな境遇の人からでも、学び取れるだけの柔軟さと、謙虚さがなければ、エネルギーなんて意味が無いですし、持論を振りかざしたいのなら、師匠なん ていらないんです。そして、自分の境遇を嘆く人。これも、向きません。境遇は、努力して、幸せになってこそ、人に対して説得力を持ちます。

ですので、不満や不平や、体型のだらしなさや、生活のだらしなさは、必ず、外見に表れます。

そこは、ご自身で鏡を見たほうが早いです。

 

ですが、何度も言いますが、何故、これをずっと続けさせられるのだろうという、疑問に対して、自身で答えが分かるまでは、その方は伸びません。

 

お寺などでは、下働きからずっと上に上がるまで、長いことかかります。つまり、何故こういうことをさせられるのか、こういうことから何が学べるの か、こういうことをさせられる必要性について、自分が自分で答を見いだせるようになるまでは、そのままで修業を続けることとなります。

 

人間は、思考してこそ意味があります。自分のしている何気ないことが、いつしか大きく実りを結ぶまでには、色いろご苦労があるとは思いますが、不平不満だけではなく、足りないものを自覚するためにしているんだという事は、ご納得いただきたいと思います。

 

その中で、これは流石に、医師法薬事法違反だなとか、ギリ法に抵触とか、疑問があったら、距離をおいてください。

 

という訳で、修行の心得でございました。

 

 

 

中二病でも恋がしたい! (KAエスマ文庫)
虎虎
京都アニメーション
2011-05

ティーンエイジの恋は簡単。「体」さえ出せば、成立する。でも、ピュアな思いを大事にしたいとか言い出すと、中々需要と供給はマッチしない。
大人の恋はもっと面倒。「資産」「家柄」「容姿」「スパイダーフラッシュローリングサンダー」(苦笑)
ちょっちょっちょっちょちょっと待て、鬼さん。



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欲しかったら買えばいいし、欲しくなかったら無理に買う必要はないと思うの。
こんにちは。


パワーストーンについてよくお問い合わせがあるんですが、基本的に高価なパワーストーンは即決で買うことをお勧めしません。

わたし的には、10万って、即決価格なんですが、それでも、これを毎月払えって言われたら、やっぱりしんどいですし、そういうループの中に入ってしまった際には、非常に苦労したことがありました。

エネルギーってパワーストーンにもあるんですが、基本的には、お店で体感する凄さと、自宅で体感する凄さってのがありましてね。お店で体感したもの が、自宅で得られないってのは、無意味だと思うんです。そもそも、何度も何度も見に行く楽しさってありますよね。何度もいいなーいいなーって見て、そし て、ある日、ふとした収入を得て、買うことができたっていう喜びは凄く嬉しいものなんですね。

でも、ノルマがあるような形で、買え買えって案内されるのはさすがに辛いし、即決で買えって言われて買った後の後悔ってあると思うんですよね。

わたし、以前、パワーストーンを買いたい人に付いて行って、あれこれ選ぶって手伝いをしてた時がありました。

ですが、わたしには分かる良さも、分からない人にはわからないんです。でも、それって仕方ないんですよね。それで、凄くいいなと思うんですが、基本 的に、大体ついていく場合には、もう、相談者には予め心のなかにビジョンがあるんですよ。こういうものだとか、あんなものとか。

あとは、「わたしに(宝石商法で)騙されるんじゃな いかな」って思うこともあるでしょうね。だから、欲しい人が身構えてしまって、結局はお買い物をした際に、いい買い物だったと、わたしは思う時があったとしても、大体 は、その後、ずっとこれでよかったのか悩むというメールを受けて、疲弊したんですね。

だったら、自分で選べばいい。それも、即決で買う買い方じゃなくて、そういう人は、何度も何度も足を運んで目を養うことって大事なんだと思うんですよ。

そもそも、わたし、婚約指輪になっているアクアマリンは、初めて宝石店で買うものではなかったんですが、あまりに品質の悪い石を「値段」や「大きさ」で選んで買 うわたしに、母が怒り狂ったのですよ。それはドブに捨てていると。なので、目を肥やせと言われて、アクアマリンをそれこそ、沢山見に行きました。最後、 いいなと思ったものがありまして、だけれど、当時の婚約者の主人のボーナスは、12月に出るので、それまで、「売れないように」って神様にお願いして、お願 いしながら、よくその店に通って、通い倒しているうちに、あんまり売れないせいか、主人のボーナスが出たその日に、半額になりましてね。

ここだって思って、買ってもらったのが実は、私の宝石道楽の始めなんです。

それは、今も満足していますし、手放すつもりはないほどの素晴らしさ故、あまり人前につけていくことはないです。

また、他に、目を肥やして肥やして買っていくうちに、なんとなくわかった石のエネルギーについて、興味本位で、勉強のつもりで買ったことはありまし た。でも、正直に言えば、金は凄くロスしましたし、そもそもかなり経済力があった中の小遣いの部分で購入しているけれど、現実はお小遣いを全額パワーストーンにつぎ込めないですよ。

パワーストーンを買う前に、わたしは、息子の母であるためのプロトコルであるスーツや、バッグや、真珠や、色々なものを購入しなくてはならなくて、ソッチのほうが忙しかったんですね。なので、出来る範囲は少なめでした。

ローンを組んでまで欲しいと思うモノはほとんどありませんでした。


ただ、漠然ながら、そもそも、元々、欲しいものに対する漠然たるイメージが合ったので、そのイメージに合った時には、遠慮なく即決。だけれど、イ メージに合わないものを買わされることもありましたしね。それでも、それを肥やしにするだけのわたしであったので、比較的、似たような同業者の中から、遅くにスタートして、とっても早く抜けていってしまったのではないかと思うんですよ。

わたしも、心理学を習い始めた頃は、教科書の中身は宝の山でした。ですが、それが、ほんの3年で、教科書は薄っぺらだなと思うようになったんです ね。要は、わたしはそれだけ、色々なことを病の中でありながら、勉強したんです。気功もそうですし、エネルギー関係もそうですね。なので、抜群の速さ で駆け抜けていく中で、ドカ買いってのは、自分ならではできたことだと思うのです。人には怖くてお勧めできません。

前に、わたし、マーキース型のダイヤを即決、ピアスも即決で買いました。他に即決したものもあるんですが、殆どは、イメージして欲しいなあと思って から、大体3年以上は経っています。マーキースは、以前ある人について行った際に、その方がマーキースの形の石を購入されたんですね。いいなぁなんて思い ましてね。それから、ひょんな事でお目にかかった異業種(占い関係の方です)の方が、マーキースのイエローダイヤをされていて、いいなぁなんて思っていま してね。

そもそも、マーキースは、カットしてロスが多いカット法なので、あまり出ないし、出ても値段が高いのですよ。

それで、それが、たまたまクラフトマンの店に入荷した途端ですかね。即決でした。即決に結びつくまでに、3年でした。結構、自分の中で、色々考えていて、意外と無茶な買い方をしているように見えて、意外と、構想何年って話が多いんです。

また、先日、あるダイヤを購入したのですが、それは、5年前ですかね、ある方の着けて来られたダイヤを拝見した時、あまりのショックに固まったんで すよ。なんだろう、これは。こんな凄いクォリティの石を下げておいて、他のどうでもいいような石が欲しいとか言うべきじゃないだろうと。それで、その方は、どうしても何かを買いたかった。何度も何度も、止めても、止めれば止めただけ、当人の中には不満が募る。なにか買いたい。だけれど、当人が選んだのは、いきなり50万。流石に、訪問販売と違い、宝石は中々クーリングオフが効かないので、必死に止めたんですが、それでも、20万の石でお金を使いたいと言う。

結局、「何か」を買いたくて、その買い物をしたかっただけで終わったんですね。というか、そもそも、お持ちのものの凄さに気が付かないのは惜しいこ とだなとは思いましてね。それで、まぁ、羨ましかったんですよ。その方のお持ちのものがね。それで、いつかはそういうものが欲しかったのですが、わたしには、中々機会 がなく、今回、一ヶ月悩み倒して、やっと購入に結びついた石ってのもあるんです。それでも、即決できなかったんですよ。

それでも、その石、わたしにとっては、結構即決価格じゃなかったんです。だから、悩んだんですよ。

それで、売れちゃったら縁がないんだなって思って、何度も見に行って、そして、売れないところを見て、ある日、いきなり、買える環境に整ってしま い、初めて買うって言い出したんですね。それを見て思ったんです。これが着たら、恐らく、自分が今の状態より変わるだろうなと。それで、とっても不思議な んですけれど、わたし的には、凄く嬉しい出会いにもなったんです。

即決したわけではなくて、何度も何度も見に行っただけに、特に思い入れは強いですよね。

それで、思うんですが、無理だなって諦めることって必要なんですよ。

日本ってブランド志向で、無理して背伸びしてブランドを持って、ブランドを持つ自分にふさわしくなろうとする所あるじゃないですか。これは、所謂、 ブランドを売る戦略の一つなんでしょうけれど、日本人の中のブランドって、ブランドを持つ自分を少し上に設定して、それを持つことで、少しずつ上のス テージに自分を引き上げようと思う願いで、購入することが多いと思うんです。ブランド信仰ですね。

ですけれど、時々見ているのは、息子の友人の母親は、競うようにしてハイブランドの新作を持ちたがり、競うようにして、自分の持つブランドの流行作や、新しいブラ ンドが出たら、即買って見せびらかすランチを催す。これは、物こそ違えど、パワーストーンを競うようにして買いたがる人と同じなのではないかなと思うのですよ。バーキンがどれ程あって も、正直、人生はなんにも変わらないです。これは、パワーストーンも宝石も同じです。


問題は、如何にして、この生活に必要ないものを売るのかという事が売り子さんには大事なんですよ。


でも、好きなものは好きですしね。買える人は、毎回バーキンの新作を注文しますし、世の中、日本の中でも桁外れの方々もいるので、そもそも、そういう人は、こういう思考では購入していないんです。何かを持つことで、「あやかる」とか、「ワンランク上になる」という思考では購入していないんです。

 

でも、巷のパワーストーンは、基本的に、持つことで自身がワンランク上を狙えるようにという願いと、「幸せにあやかれますように」という願いでほとんどの方は購入されます。ただ、単に好きなんだってだけじゃ、ないんですね。幸せにあやかる場合には、正直に言えば、当人の思うご利益は、いつも「価格と比例」して いると思います。ほとんどの方は、「高価=効能がある」と思うケースが多いです。見料のお値段が高い霊能者に行ったからって、腕が確実とは言えません。「高い=確実である」という 公式は、spiritualでは、成り立たないのです。

本当に好きで、元々探していたとか、そういうのではない限り、即決で買うことに関しては、わたしは、難しいなと思いますね。

 

「幸せにあやかる」ことは、金では買えないんです。

 

本当に幸せになる事は、金では解決つかないんです。そこを履き違えている人がすごく多く見受けられるんです。本当に幸せになるには、少なくとも、当人の血の滲むような努力が、99.9%は必要です。あとの少しで、奇跡が起きるんです。でも、それだって、いつも報われないからこそ、あなたは悩むんだと 思うんですよ。

 

幸せや、エネルギーは、金では買えないんです。

 

そのことに気が付かない内は、ゆっくり焦らず自分のペースで進んでいくと良いと思います。万人から見て、「幸せは、いつも同じ形をしていません」。

だからこそ、金で解決しようと思った自分の浅ましさをわたしは、やはり恥じるべきものだと思いますし、そういう浅ましい自分が、今、どうやってここ まで到達したのかって、いい道標にはなると思い、軌跡を残しています。本来、ええかっこしいのわたしなので、黒歴史は、全部削除したいところなんですが、 黒歴史から学んでいける部分って、後に続く人には役に立つかなと思い、自分の反省を含めて、残しています。

それで、今でこそなんですが、思えばあの時、ものすごいスピードで駆け抜けて行きました。しかし、見解の相違で、わたしは、ある宝石店から離れるこ とにしましたし、今のクラフトマンと、ゆっくりとデザインを練ったりして遊んでいる方が性に合うと思っています。ついでに言うと、今、わたしは、わたしの 中で、空前絶後のダイヤブームなんです(苦笑)。

まぁ、もう、ある程度、職場にしていけるものは揃えたので、必要ないかなと思うんですが、普段用を探して作っています。ワンランク上とかじゃなくて、これは資産だよなと思いつつね(苦笑)

ですけれど、持ったことでワンランク上を目指すのだとしたら、それは、ご自身で見極め、焦らず探すほうがいいと思います。ふとした拍子で見つけたのなら、それは即決もいいでしょう。

わたしも、欲しかったけれど、機会を失って購入しそこねたものなどがあります。でも、それは、縁がなかったんだって思っています。なので、「幸せに あやかる」というものであれば、余計、一手間二手間かけて、お探しください。あなたをステージアップさせるものは、きっと何処かであなたに巡りあう事だと 思います。

 

 

今回は、パワーストーン、宝石編でした。

続く

 

 

キュービックジルコニアを侮るなかれ。わたしも持っていますが、意外と使い捨てできて、その割に、念とか弾きますよ。今のテクニックの人工モノを侮ってはいけません。

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開運!日本のパワースポット案内
ベストセラーズ
2010-11-16
パワースポットも色で見えるようになると、分かりやすいんじゃない?

こんにちは。

エネルギーとか神とか、そういうもんをどうやって定義したかって事を書こうかなと思いましてね。

基本的には、エネルギーも神も、波長の中で存在するから、色ってのがあります。

まぁ、人の視覚って意外と、あやふやなもので、人の嗅覚って意外とあやふやなもので、どんな感覚にでも、必ず成長したら成長しただけ、先入観が入る。

それが、全く先入観がない子が、部屋の隅を指さして、ワンワン、ここ。ワンワン、ここ。ってやることあるでしょ?いや、うちの次男坊がそういう子な んだけれど、実はね、ワンワンって表現も、先入観。片言の1歳半がどこまで頼りになるかは置いておいて、ワンワンのようなものがいる、つまり、四足でワン ワンに似ているものがいるって表現なんだよね。子供の場合はね。

ただ、反対に、うちの長男坊のように、「うわぁ、軒先から、大きな顔がぶら下がってたぁ」ってなると、これ、どういう先入観なんだか、よく分からな いです。ただ、その後事実関係をよく洗い出してみると、実は、そこで、首をつった人がいた。たまに、そこに出るらしい。それが、どういう条件のもとで出る かはわからないので、首をつった人の家からは、引越ししましたけれどね。

まぁ、彼らの表現聞いていると面白いんですわ。

結婚式のような人が家中歩いていると、長男がいうんですが、どういうことかよく聞いてみると、「マリアベール」というベールをかぶった人が家中を歩 いているとのこと。羽の生えた白いゆったりした服を着ている人が歩いている時もある。腰に、金が見えるので、なんだろうね。ベルトかなって。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。お前、それ、花嫁やない。マリアや(涙)。

マリアベールは、そもそも、マリアがそうやって着けるからマリアベールだろう。経験なカトリックなら、ミサの際には、頭からレースかぶってんぞ。そ れより、羽が生えた人はなんでこんなところをウロウロしているんだろうね。探しものがあるのか、おとしものなのか、ただでさえ狭い家が、もっと狭くなる わって言ってやれって思ったんですわ。

さて、んじゃ、神とか、エネルギーってどうやって定義しているのか。また、どうやって呼ぶんでしょうか。

その前に、先入観という知識の前に、人には幾つか種類があって、そもそも、真っ白なキャンバスに、新しいものを描けない人っていうのがいるのね。

そういう、何かを生み出すクリエイティブさと、精神の不安定さというのは、いつでも隣り合わせなんですけれど、クリエイティブに走れば、論理思考はおろそかになるし、論理思考で走れば、知識だけで、なにか新しいものが生み出せない自分となるんですよね。

そこって、すごく微妙なバランスなんですよ。

知識で、なんでも答えられるって分野であれば、活躍できそうでも、クリエイティブで、いつも斬新なイマジネーションを生み出す人とは、明らかに脳の 使い方が違うんですね。発達の仕方も変わってきます。柔軟に考える部分という面があってもいいのではないかと思うんですが、知識武装というのは、恐らく当 人における、何かわからない、正体不明のものに対する恐怖心からくる「理論武装」かなと思うことがあります。

だから、知識だけに偏る人は、中々イマジネーションが難しいですよ。神を呼ぶって言ったって、神がイメージ出来ない。基本はね、既存の先入観の中で、イメージしていくんですよ。

 

酒の神バッカスっていったら、どんなものを思い浮かべるか。そういうことからの連想キーワードで走っていける人と、そもそも、アルコールに酔った感 覚を既に自分の中に知識として持っているのか、それひとつにしても、神なんて、エネルギーなんて、幾らでも解釈が変わるんですよ。波動や波長一つも変わる んですね。

 

それで、万人が見て、万人の様々な価値観の中で、それでも、これは、みんなが見て「酒神バッカスだろう」と思われるものが、現在の正解になるわけでね。まぁ、そんな感じで、神とかエネルギー体の呼び方なんてあるんですよ。

色彩もそうですけれど、実際は、個人個人、若干色彩の認識が違うんですよ。同じ赤でも、全く同じに見えているわけじゃないんですよ。生活様式が違う だけで、様々に見えるんですね。でも、赤を並べておくと、うーん、青ではないから、赤かなって感じで、結局、その波長の長さの光は、赤と認識されているん ですね。オレンジと赤のところは、判別微妙な人結構多いです。

ダイヤモンドでも、DカラーとEカラーは、実は、鑑定者の感覚で決まっています。鑑定者が、Dだって言えば、Dで。Eだって言えばEで。いい加減で すが、そこを測るものがないので、感覚で決まります。基本的に、似たような色彩感覚をもたせるように訓練していくので、似たような判別を覚えるのですが、 訓練しても訓練しても、結果的には、身体的な判別者の特徴によります。


なので、マスターストーンという色見本を用意して、色見本で仕分けていくと間違いが少なくなります。

 

と言うことはですよ。同じ宝石を見ても、同じ石を見ても、万人が同じ価値観を得にくいのは当然なんですね。

 

すべての人が、キラキラ光った色の中に、同じ色が見えるわけじゃないんですよ。

それ程、あやふやな、わたしたちの色彩感覚なんですね。赤といっても、赤も、微妙にワインレッドが好きな人もいるし、微妙にピンクな赤が好きな人も いる。それは、あまりに当然な、わたしたちの持っている目の特徴なんですよ。凄く精密にできてそうに見えてて、実は、色彩一つさえも、同じじゃないんです ね。

 

神ってのはまぁ、置いておくとしてですよ、エネルギーってのは、基本的には、先入観バリバリの中で、万人が見てそうだと思えるものに出来れば、それ で出来上がりなんですよ。まぁ、畑違いの話を持ちだして恐縮ですが、ゴッホを見て、ひまわりだなと分かる人はいいですよ。絵画を見て、

「何いってんだかよくわかんない(苦笑)」ってアートは沢山ありますでしょ。

基本的に、エネルギーもまた、アートなんですよ。

ただ、波長や波動ってのは、基本的に、ウェーブがあるので、ウェーブがどの位の長さかということで、色彩感覚として万人がそれを見て、幾つなら赤だ と思うんですよ。だから、逆に、神を呼ぼう呼ぼうとか一生懸命思う前に、色彩を作り出すこと、空間にその色を作り出せることって凄いことになるんですね。 万人が、青を見てクールだと思う。ついでに、ひんやりすれば、もっとクール。

こうして、どの人にも認定してもらえるものがあれば、それでいいんですよ。それが、始まりじゃないですか。

神の前に、色で始めても何ら問題はないですよ。色の次に、別途として、勢いや、エネルギッシュや、憤怒や、浄化や、色々なものをオプションとしてつけていけばいいんです。なんら、真っ白いキャンバスに描けない人は、先入観を利用するのは手なんですよ。

ただ、それで、偉そうぶる人ってのは、結局はその傲慢さが、エネルギーの質にも出るんです。傲慢さは、常に、誰かへの妬みや、誰かに負けたくないと いうプライドの高さからくることもあるので、そういうのが、質に出たエネルギーで癒されるとは思えないんですね。まぁ、傲慢な人は、傲慢系の神々をイメー ジしていけば、地のまんまでイケますよ(苦笑)。無理して自分を変えようとして、神をイメージするのなら止めませんが、傲慢系は、傲慢でいいんですよ。無 理する必要ないです。そもそも、無理しようとは思ってらっしゃらないと思われますんでね。

色ごと好きな人は、絶倫ゼウスとか(失笑)。潔癖症は、ディアナとか。神様も多種多様ですから、古今東西探していけば、今の自分が背伸びしなくてもマッチする人が必ずいます。まぁ、そういう風に作ってあるのが、神話なので、大丈夫です。

癒すってのは、また別ですよ。癒して「あげる」とかだったら、もう、そいつにしてもらわんでもええですわ。

 

そんなんで、首吊りで死んだ人の残像が見えるのは、これもまた、波動なのかというと、そうなんですね。その人の悔しさが残るってことより、見た人の ショックもありますし、何度もそこで思い出せば、定着もするでしょうしね。ある程度暗くて、ジメジメしてたら、人って必ず、そこに、マドモアゼル・貞子を 探したがりますしね。

ところで、わたし、最近、ホント半年かけて、修行しました。職場で仕事上、デキルようになったんですが、ばっさり、念をカット。相手の執着まで、斬り捨て御免(笑)。

 

なんとなく、こういうのって、やっぱ、妄想たくましく家に引っ込んで、あれこれ考えるより、実地でやって、経験積むほうが早いですよ。

 

ちなみに、わたしは、職種の都合で伸びた部分がありました。

 

あと、家の中をうろつく人に関してですが、あれは、うろつけと言っているわけではなく、なんで、よりによって、家の中なんですかね(涙)。よそんち イケばいいのに。もう、「マリアの突撃・隣の晩御飯!」ってやったら、面白いと思うんですがね。結構特定の人の家に出るんですよ。あの人って、意味不明で すわ。一番理解できない人の最先端を走ってらっしゃる。

 

しかし、この場合も、マリアさんというより、マリアさんと言うイメージに周りが先入観で見えるんですよね。本当に、警告して歩くのは、マリアさんで も、別の影武者だったりして、そこんところまでは、詳しく見ている暇がないんで恐縮ですが。大体、青い服、白い服、ワインレッド。

 

たまに、妖怪のようなカッコした、マリアさんって出てこないんですか。

 

聞いた限りでは、マリア観音止まりですわ。だから、やっぱ先入観なんですよね。

 

さて、そんな感じで、また、続きは今度。

 

 


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こんにちは。


わたし、常々言うんですが、「今、牛肉食べたから霊能力が衰える」とか言う奴、嫌いなんですよ。んな、今の目の前のステーキひとつで、衰えるような霊能力、はなから、話にならねーだろと思っています。一生懸命、ベジタリアンしてくるのも、涙ぐましくて、微笑ましいんですが、健全な社会生活を踏み外してまで、そこまで、霊能力で飯を食いたいかと尋ねてみたいです。

全てのエネルギーは循環するのに、「知識」の循環を止める奴も嫌いなら、食わない奴も好きじゃない。必要とする分は食べたほうがいいんです。餓えて霊能力がある とすれば、そりゃ、車の運転もおぼつかない判断力以下でしょ。食べて元気に動くもんですよ。必要以上食べている人は、過食は、ストレスをのどに無理やり押し込んで、性的快楽を追及しているだけだから、吐くのも含めて、自慰行為だと思ったほうがいいでしょう。

基本的に、沈んだ太陽ではありませんが、日本は不思議な捉え方をする国です。「莫大なインセンティブ」の為に、「リスクを取ろう」とする国が、星条旗の国なら、日本は、どうも「その莫大なインセンティブ」に値するものを「徳」で納得しろって言うんですよ。

不思議ですよね。徳ですよ。徳じゃ、日々食えないですよ。極度なリスクも取れないです。でも、こういう分野で単なるキワモノ扱いだと言うのに、あえて「キワモノリスク」を取りに行く人は、本に出たりメディアに出たり します。引き換えに、お金が多くなります。それを、叩くんですよ。出ない奴には、出た奴のリスクなんかわかりませんしね、出た奴の、ボロクソなまでの叩かれ 方見て、ドンびくでしょう。

で、言うんですよ。徳を積めって。

いやいや、霊能力は、お茶の間のエンターテイナーですわ。

まぁ、物質界が悪いとかいいとかじゃなくてね、物質もなきゃだめだし、精神性もなきゃだめなんですよ。時間だって人に割くには、自分の何かをやめなきゃい けないわけですよ。
倫理に触れること、法に抵触すること、自分が覚悟ができなくて、ビビりの相談に行く人や、愚痴をこぼしに行く人は、無償でお願いしますと言って、「徳」という見えないもので、対価を払っているつもりでしょうけれど、それでは、相談相手は、飯 も食えないですって。何にも続かないですよ。清貧で生き延びられないんですよ。

わたしは、ここでブログとして書いていますけれどね、色々事情も過去もありました。だからと言って、それを「徳」と呼ばれてしまうと、まぁ何とも言えないですよ。好きなことだけ、書いてるだけで、不思議な生活の中で、何があるんだろうと思うから、やって続けられる訳なんです。
だから、出版は、こんなリスクは取れないですよ。昔、真実を語って、叩かれる恐ろしさって、身をもって知っているんでね。

さて、世の中、随分、何も知らない人が、大きな声で、「この霊は」とか言ってるの見てると、身がすくみますよ。わたしでも、「マッドな好奇心」とまで呼ばれて、色々知識はありますけれどね、知らないって怖いもんですよ。確証に繋がらないと、絶対言えない言葉です。あえて、言うなら、リンゴは下に落ちる。その理由位確証が持てないと難しいですね。

まぁ、ひとつだけ例をあげると、日本って、魏志倭人伝によって倭の国王がいたって話しになってますよね。あれ、「魏志倭人伝って本は実在しない」んですよ。
東夷伝という本の一部に、倭の事が書いてあったんです。倭って国も倭王ってのがいたから、いい加減に、倭人とか呼んでね。高句麗人、新羅人、まぁ、ミソクソな交流で、元々、純粋な国じゃないんですよ。

それを、天智さんの時代に、国粋主義にさせるには、歴史伝が必要で、そこに神だの何だのを盛り込ませたのが、始まりなんですよ。精霊たちとはちょっと違う んですよ。で、国粋主義にするには、一国一民族とするのは、どの国でも決まりごとのようなもんでね。他の国でも随分あるかと思います。まぁ中国はどうやっ て中国かと認識したかといえば、ついこの間まで、漢字だけで取引をしていた国で、漢字を持つ種族=中国という認識があったようですよ、

まぁ、そんなもんでね、実際に古事記でも、実編纂の年と、歴史上の編纂の年は違うんですね。必要ですよ、国民を一丸とさせるには、そういう事書く必要がある。だけれど、それにて、一丸となって信じてきたのは、今までの歴史なんですよ。

ここまで、お前の開発した技術は、「徳」にて企業に寄付(搾取され)し、企業はそれで金を儲け、皆に分けるのは少なめにね、てへぺろってなったのが、歴史になってきたのは事実でしょ。

個々を重んじるようになったのはつい最近ですよ。

でも、あんまり、「徳」「徳」言わないでほしいんですよね。徳積むのも必要ですよ。ですけれどね、その人の「徳」につけ込むビジネス展開が、今の経済社会なんですから。 凍ったって、仕方ないでしょ。やり方が悪ければ、一から、経済の発展の為に、目先の利益を追うなって事ですよ。そっちの方が「徳」でしょ。

まぁ、そんなんで、最近、アセンションビジネスがなんか、盛り下がっていたり、アセンションビジネスに食いつく人のレベルを見ていると、クズの集まりだなと思うことがあります。コツコツ努力もせず、一発勝負で、逆転劇ですか。そういう風に考えるからこそ、余計に金がなくなり、信用も失うんですよ。
ほんと、2000年過ぎた後の、あの妙な空虚感、結局空から何も降ってこなかっ た、あの空虚感があるの、盛り上がっただけに嫌だったでしょ。

健全に生きましょうよ。健全に。出典も、歴史も、日本目線の東洋史ばかりではなく、世界史、 色々な本を読みましょうよ。知るって大事ですよ。

まぁ、日本の世の中強引に回そうとすると、回さない方が利益がある人たちがこぞって反対をしますけれど、あれも、人や企業を蝕ませた存在の既存利益を渡したくないんですよ。

わたしも、昔から社会インフラ、企業インフラで仕事をしてきましたが、透明になっては困る事情の人って結構いるんです。でも、その人たちが、どう、職場で仕事もせずに一日を過ごしてきたのか、コストカットしたり、予算を増やしたりしないと、成長しないんですよ。

まぁ、あなたが、花に水をやる時、「徳」をつんだと言いますか?雑草や間引きを抜いた時、どう思いましたか?




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こんにちは。


普通外見から分からないモノを、見るのに何が得意分野ですか?という話をたまに貰う。

まぁ、見ることはしちゃいけないけれど、ブロックしていても見えるのは、生と死。特に、女性の子宮は、我ながらに情けないことながら、「生理中」かどうかを見るのに長けていた時期があった。

生理中かどうかを見るのに長けた理由は、相手がトイレに頻回に行きたくなった際に、なるべく阻害しない店を選ぼうと言う、「余計なお世話(笑)」か らである。およそ、100%当たるので、嫌な顔もされる。しかし、神様はご清浄なモノが好きで、生理の血は嫌いだと言う説もあるが、古代より、死は生を 持って清められてきたと考えるので、そんなこともないだろうと思う。

未だ、女性の子宮から湧き出でてくる、「生」を見るのは得意だけれど、残念ながら、授かる予定なのに、授からないケースも多々ある。

理由は、その家族に何か大きな不幸があった時、大体は、その小さな命が、文字通り体を張って食い止めるからである。だから、流産して悲しみに暮れて いる人の中で、流産して実はよかったと思えることもある。ただ、余りに悲しくて心を閉ざす前に、何度か、流産癖を防止してでも、命を授かると、母体のメン タルは、保たれる。他に子供がいる時は、その子供を大事にしてあげることが必要なんだろうと思う。

ってところで、死も割とよく見える。

死ぬ人の後ろは暗く、未来が見えない。

基本的に、死んだ顔が見える時は、当人にそれとなく、「食べ物に気を付けて節制しろ。」とか、「酒を飲むな」とか、「高いところに上るな」とか、暗 示を込めた言葉を言う事がある。食べ物系は、それこそ、食べ過ぎで亡くなることもあれば、中ることもある。死の原因の顔を見ていると、高いところから飛び 降りそうだとか、遠いところで、野垂れ死にするんだなとか、そんなことが、大体はぼんやり分かる。

普通の霊能者は、こんなことを言わないし、伝えてはならないと言う。

わたしも、幼い頃から父の早世を気にしていたので、死ということばではない言葉で、相手に伝える術を考えていたのだろうと思う。死というと、大体の 人は、それが発言力のある人であればある程、暗示がかかって、そっちへ歯止めが効かなくなるものであり、死ななくてもいい人が亡くなるケースもある。だけ れど、食事の塩分で亡くなるとか、脱水とか、そんなところは、大体オブラートに包んで、相手に伝えればいいと考えている。

ただ、これで、昔は、死ぬ予定の人を死なせなかったので、返りの矢というものがきて、代償を払わされることになったことがあった。

けれど、最近はそうでもない。死ぬ予定の人は、「食べ物に気を付けろ」と言っても、やっぱり過食するし、「脱水に気を付けろ」と言っても、サウナで 倒れたりするようだから、そこからは、わたしの管轄する範疇じゃない。自分が生きるために、そのアドバイスをどう使うかが問題であって、死ぬ予定でいいん ですって言うのなら、止める権利もないからね。

これから飛び込む人の場合は、最後は、「解き放たれた感満載」の笑みでいることも多い。

その表情は、ある意味、ホラーである。脳裏に残るイメージでもある。しかし、当人が望むのなら、自殺も仕方ないんじゃないかと、最近は電車に乗る 時、そう思うようになってきた。これだけ、天候が悪いと飛び込み、気圧の変化で飛び込み、仕事の関係で飛び込み、妄想を背負って飛び込み、そこまでされる と、これもひとつの時代の流れかと思うことも多くなってきた。

当人は、当人だけ幸せでいればいいんだと思っているんだから、仕方ない。

ただ、病死に関しては、わたしも見ることができるけれど、ここは、自分もその境目なのか、「感情が入って良く見えない」ところである。

ある程度、ヤバいケースは見えるけれど、ヤバくないと見逃してしまうこともある。後、わたしが、自分が生き死にの繰り返しばかりなので、自分はこれ 位「生き延びて当たり前でしょう」の部分で、見逃すこともある。死が近くなると、人は勘が良くなる。自分の身の回りを整理したり、色々と始めるもんだ。

うちの父も、あれは不思議だなと生前は話していたけれど、彼は死に至る昏睡状態に陥る前の日、周囲に「ありがとう」を言ってお礼を述べていたと言う から、驚きである。恐らく、わたしも、その程度の勘があるが、「ありがとう」とお礼を述べる前に、わたしはどうしても、精神年齢が、ある時代に還ってしま うようで、周囲のことが分からなくなったりすることがある。もう、亡くなった人に会いに行くと言って家を出ようとして、鏡に映った自分が、BBAだったの を見て、愕然とした経験がある。

ただ、まだここにいるってことは、当分は死なないってことで、死なない程度に、ガチガチと噛まれるような生活を続けて行くのだろうと思う。

 

それで、こんな重いことばかりが見える人に、伝えたいことがある。

人の生き死には、人が決める権利がある。死の選択も、生の選択も。生の選択は、バースコントロールというけれど、わたしは、中絶した女性の子宮を見 たことがあるけれど、分かるのは、術後が悪くて、二度と子供は授からないだろうとか、まだ産める程度の事であり、子宮に取り憑くと言う「中絶した子供の赤 子霊」は見たことがない。

あれは、弱った心につけ込むビジネスだと思っている。でも、新しい生を授かれなくなったら、流石に心も折れて、風車のひとつも、失くした子に買ってやりたいと思うことがあるだろう。それが人情で、年相応の落ち着きである。

それで、そんなことが見えても、最後の結果の責任は、「あなたにはない」んだと、わたしは言いたい。

あなたは、オブラートに包んで、このことはしない方がいいと伝えても、あーだこーだ、うっとおしく伝えても、結果は相手が選ぶのである。それは、自ら決めた運命というモノであり、その人がそれで後悔がないのなら、それでいいんだよ。あなたが、負う責任はない。

でも、どうしても生きててほしい気持ちは誰にでもあるけれど、大事な人ほど、早いものだ。

往生際の悪い婆さんも、さっさとやりたいことをやって亡くなる婆さんも、魂の重さに関しちゃ、皆等しい。

大切な時間程、移ろいやすく、大切に思えば思う程、失うショックは大きくなる。でも、それが、生と死の普通のことだから、あなたは、そんなに悩む必要はないんだよ。死は、生を持って清められ、贖われる。だから、生まれる人がいるのも、亡くなる人がいるのも、

Good times & Bad Times なのさ。

 



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こんばんは。

 

前に、自衛隊の医務官を行っていた医師もそうだったけれど、壮絶な修羅場を踏んでしまうと、人とはどうも、「ある二極化」に走りがちで、心のバラン スが取れないらしい。かつての、医療事故の後の自分も、修羅場の最中は、とかくバランスを崩しがちで、結局崩してみて、霊能者をやってみたけれど、内実 は、できたから、やっただけ。

修羅場や、人生史上初とも言えるような、土壇場のせめぎ合いを続けると、人間、まぁ、色々おかしなものを視るようにもなるし、多少なり勘もよくな る。精神的疲労や、肉体疲労が重なると、オカルト現象なんて、割とよく見ることが多くなる。それにプラスして、思春期独特のホルモンのバランスが乱れた状 態が加わると、もう、阿鼻叫喚だね。

そもそも、思春期・更年期は、「潔癖」と「穢れ」の中の釣り合いが、自分の中でも取れなくなるから、よく、ヒステリー状態になって、解離状態になる人は多いし、そんな状態だから、余計、なんか視えても、仕方ないんじゃないの。

でも、面白いのは、守られたゾーンで、「見える」ことは好きな大人も、守られないゾーンで「見える」ことには恐怖を抱く。

無論、怖い何かが起きたら、途端にメンタル破綻するような勢いで騒ぐね。お疲れなんだね。

 

わたしが、学生時代、親がどんなに厳しくても自宅に帰り、合法的な自宅の出方が、結婚だったのは、そもそも、わたし、すごく怖がりだから(苦笑)。

 

寝ている時に、音がしたり、あっちこっちで、モノが落ちたらね、普通はやっぱ、臨戦態勢になってしまう。だから、わたしは、独り暮らしをしたことがないし、子供がいなかった頃は、主人が長期出張の際には、もう、慌てて夜は早く寝た。それでも、なんとか暮らせるのは2日間。

だから、親元に帰ったり、逆に、それはどうなんだろうと今思うのは、職場に泊まったりしてたことかな。職場では、独り・・なんだけれど、警備員とかが必ず巡回に来てくれるので、個別にビジネスホテルを取ってもらった時の方が怖かったかな。

 

出張で、1週間、2週間、3週間とかになった時は、必ず、どこかで知り合いに遭うか、意味が分からないけれど、神社に行ったり、仏閣に行ったりとしてて、余程自分は怖いんだなと思ってたから、霊能者になって怖がりが防げるかと思ってたら、違ったんで、辞めた。

 

でも、修羅場や土壇場のせめぎ合いを越えて、そこをリタイアした後に、突き抜けるひと、結構多い。

突き抜けるって、悪い意味での話であって、カルト宗教にのめったり、spiritualに過剰にのめったり、なんか、色々なモノにすがったり、神に なっちゃったり、占い師になったりする人もいる。医師でもそれを押さえられないところを見ると、余程、修羅場耐性というのは、耐性がついても、まだ尚且 つ、人の心は、バランスを崩しやすいんだろうね。

前に、医者に先祖供養が効いたとか、カルテに書かれた時は、その医者とは、すぐに縁を切った。

 

やだね。幾ら、何が効いたところで、オカルトのような、割り切れないものは、まだこの世に沢山あるんだよ。でも、そこで、突き抜けてしまうひとにな るのか、そこでぐっと踏みこたえて、現実に生きていく軸を自分に保ち続けるのかでは、心のバランスや健全さが、かなり違うと思うんだ。

現実に生きてかなきゃいけないじゃん。金はなくちゃ生活できないし、食うもん食わずで、宗教やってたって、あんたの神なんて、どうせ、あんたを救わないって。知ってて、すがるんじゃなくて、あんたは、振り向いてもらえると、毒親にすがるような思いで、すがるんだろう。

毒親は変わらない。これは流石に、世の中のデファクトスタンダードとなったけれど、神も似たようなもんだよ。

あんたに加勢する奴の方が、多少なり、人間に近い、そういった類のもので、あんたは、それを信じることで、修羅場を抜けてきた、もしくは、修羅場から逃げたい気持ちを、現実逃避するんだろう。でも、現実は現実だぜ。

 

あんたが、辛かったのは、辛かったとわたしも思う。誰が聞いても理不尽な話だろうと思うね。でも、それで、あんたは、心のバランスを崩して、それで 終わりにするつもりかい?天使や、神に、あんたの生活の糧を与えたまえとは、祈りの文句にあるけれど、あれは、単に「いただきます」「ごちそうさま」レベ ルと考えておいた方がいいと思うよ。

天使や神は、あんたの生活の金まで面倒見ないし、あんたの老後の面倒も見てはくれないよ。

 

でも、あんたは、それでも救われたいと思うなら、一番痛い現実を見ることだね。怖いことや不可思議なことは、あって当たり前で、まだ解明されてない だけで、解明したら、なぁんだってことになるんだよ。その時、そんなことに振り回されて、怖がって、怯えて、余計な金使ってたら、ダメだろう。カルト宗教 はね、教祖だけが救われる為にあるんだよ。

 

警察官も、自衛隊も、医者も薬剤師も、看護婦も、そして、ITエンジニアも、色々な職業の人が、色々な現象を見て素直に驚くよ。

 

でも、それで、それに囚われて、足元をすくわれて、心のバランスを欠いてはいけないんだよ。

 

わたしは、拝金教だ。拝金教は、一番、大切な地道に働くということを教えてくれる。それが一番金が稼げた時代だったし、これからも、そんな状態でも あるだろうよ。幸せは、貧乏でも味わえるけれど、貧困では味わえない。現実を見て、現実をより良くするために、わたし達は生まれた訳で、突き抜けて、なん か、変な人になったら、アウトだよ。

 

わたしは、かつて、とても優秀な教授と奥様に、知り合いになった。教授はその当時世界的な権威で、優れた頭脳の持ち主で、彼をうならせるウィットを 考えるのがわたしは好きだった。しかし、どういう訳か、教授は、ニューエイジブームにはまって、奥さんは、一日8時間、瞑想することとなり、教授も段々そ うなるようになった。もう、いい年だから、余生は静かに過ごしてほしいと願うが、確かに、あまりに頭が良すぎて、理性的だと、「どこか、突き抜けて、心の バランスを崩すのかな」と、わたしの心に深いトラウマを残した方だった。

 

わたしの父は、そういうことに猛反対な人だったから、ある意味、彼は、わたしに、現実に軸を持って生き抜くことを教えてくれてた教育者だと思う。

 

まだ、この世には不思議は沢山ある。でも、それに惑わされているようでは、「心は健全だとは言えない」と思う。趣味程度に留めておいた方がいいとわたしは思う。妙な使命感や、義務感を主張し過ぎたら、わたしは、あなたを「心のバランスを崩しすぎたひと」だと思うと思う。

でもさ、霊能者やったわたしにそう思われたら、終わりじゃないの?

 

 




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こんばんは。

 

よく、悪霊が憑いたと言われるケースで、ひとつ考えられる線は、「解離性人格障害」における「交代人格」である。

あまりに、今の自分には受け入れられるキャパを越えた心の傷を負った時、人は、知らずにその自分を守るような人格を生み出すことがある。こういう人格は、当人の「受け身」な性質とは違い、大変「攻撃的」なので、一瞬、感じとして「悪霊」が憑いたと思い込むケースが多い。

実際は、当人の生活環境を尋ねてみると、かなり心的外傷を背負っていることが多く、知らずに生み出さている。なので、若い子は、若い子なりに受け止 める土壌がないまま、性的被害に遭ったり、ネグレクトに遭うケースが多いので、知らず知らず、このような形が出て、それを周囲は、「悪霊」とはやし立て て、自分達に立ち向かう人格を、必死で潰そうとする。

さて、そんなケースもありながら、割と子供の頃に、イマジナリーフレンドを持っていた人はいるのではないだろうか。

イマジナリーフレンドとは、「見えない友達」である。空想力、想像力が豊かな子が多いが、基本的に、彼らは悪いことを言う事もあるが、助言者であり、救護者であり、友達であり、屈託なく、何でも相談できる相手だったりする。

そのイマジナリーフレンドを持つにあたって、何故持ったかを探っていくと、当人の心には、意外と心的外傷がある事に気が付く。

 

スピリチュアルでは、意外と、守護霊やイマジナリーフレンドを見る人、それと共に歩みたがる人を、喜んでそそのかす面があるが、わたしは、基本的に、イマジナリーフレンドが出てきた際には、自身が、SOSを出している状態であると考える時がある。

 

わたしにとって、イマジナリーフレンドというより、救護者は、夢に出てくる「ある男」になる。その男は、実生活はクズでどうしようもないが、とても わたしが心理的に窮地に立たされた時には、甘い言葉をささやいて、自分がいるから何も恐れなくていいと言う。そして、わたしは、そのイマジナリーフレンド と過ごしたくて、10代の頃、寝ている時間が凄く長かった。

ただ、わたしは、現実の男と、イマジナリーフレンドを勘違いしたおかげで、現実の男は大変クズであることを知った。そのギャップに失望し、殺されよ うとしても掻い潜ってきた自分は、自殺を図ろうとする。最近、イマジナリーフレンドである、「夢の中の男」が出てくることがある時は、自分は肉体面、精神 面で辛いのだなと思うようにしている。決して、現実のその男は、違うのである。

 

そんな中で、イマジナリーフレンドではなく、勘弁してくれと思うモノがある。我が家にたむろする沢山のなんか変な奴である。実はブラインドテスト で、全然関係ない集団からピックアップした人間を、何名か呼んで、この勘弁してくれを見てもらったことがある。勿論、ひとりはspiritualの人で、 数名は、全然関係ない人だった。

彼らは、同じようにそれが見えると言い、同じような絵をわたしの前に描いて見せた。

それで、わたしは、自分の家を徘徊しているこの方が、わたしの「イマジナリーフレンド」ではなく、他人の目に見ても見えるものであるという事に深く 驚きを感じた。実は、わたしは、聖母マリアの像を、「深夜の理性のない時間帯に衝動買い」したのである。これは、ある人の家に伺った時、ある奇妙な体験を したので、同様の事が起きるかと思って試してみたことなのである。

ある人の家には、玄関にバリの女神像が置かれていた。

一見は、普通の像なのだが、この像は、よく置いてある場所から動いてきて、歩きまわっている。ついでに言えば、わたしが、そのお宅に伺って、うとう とすると、その女神は、姿を現し、「あーだの、こーだの、口やかましく言う。」。あまりに、面白い現象だったので、その家の人間に尋ねてみると、こんな話 を聞く事ができた。

「玄関に女神像が欲しいと思って購入したら、家族から、家じゅうを歩き回る女がいる」という話を言われた。しかし、職業柄、自分以外であれば、自分 の客である。しかし、出歩く時間は、家族が帰ってくる夜である。なので、恨みを持たれた生霊かとも思ったが、正体を見たいと思った家族が、その女の後ろを ついて行ったところ、像のところで、すっと消えてしまった。しかも、像と同じ服を着ていた。

自分の家を訪ねる人は、必ず、この像に家のどこかで出会うと言う。」

 

これを聞いて、面白いと思わぬわけはない。画して、わたしもバリの女神を探したが、あいにく縁がないようで買う事ができず、恐ろしいことに、聖母マ リアで手を打っちゃったという訳である。まぁ、聖母は元々、そういう噂が絶えぬ人なので、基本路線はOKであったが、わたしの家で歩き回っていたのは、天 使はいるわ、象はいるわ、聖母マリアは歩くは、そうこうしている間に、生霊も怨霊もあわせて「多国籍の存在するごっちゃな空間」と化してしまった。

これは、たまたまの話である。

ところで、わたしはだからと言って、これら歩くモノをイマジナリーフレンドにし、自分の助言者であり、救護者であり、友人であり・・・・という事は 求めることはない。歩きたい人は勝手に歩けばいいのである。わたしが、共に歩む必要などない。歩む必要があるのは、わたしの緊急時に出てくる、恐らく、わ たしの理想の異性像にして救護者である「イマジナリーフレンドである、男」で十分である。

さて、わたしは、イマジナリーフレンドと夢の中で熱いひとときがある訳ではなく、ただ、普通に暮らしている。そのフレンドにあるものは、「尊敬と憧 れ」だけである。それで終わりである。そのフレンドがささやく言葉は、きっとわたしが生涯かけても、どの男からも貰えない「甘いセリフ」である。このイマ ジナリーフレンドは、「強い女」だと思われてきたわたしが、心的外傷を得て、PTSDからDID(解離性人格障害)になりそうな自分を救済する「真に求め ていた言葉」を言うアイテムであっただけだ。

ちなみに、わたしの生活では、主人は、到底救護者になれそうもなく、恐らく当人もその気がないであろうと思う。息子に救護者を求めるような、そんな 馬鹿げた母親ではないので、わたしにとって、イマジナリーフレンドは、ある意味、精神の脆弱性から崩れ落ちそうな時に、心を強化するレジリエンスのひとつ である。

レジリエンスを持っておくと脆弱性をカバーできるため、常にわたしは、ユーモアというレジリエンスと共に携帯してある。守護霊と呼ばれたがるイマジナリーフレンドには、そんな役目がある。

 

さて、解離性人格障害の中では、時として、「Internal Self -Helper」と呼ばれる存在がある。ゴチャゴチャして、自分のエゴだけ通そうとする自己中たちの集まりの「交代人格」の中で、半ば神的な「人徳を備 え、まれにみる正義と倫理で、交代人格を整理してくれる守護的なスタンスの人格」がいる。しかし、この人格は、既に、そもそも、頼りなく、この人格だけで あれば、うまく行くわけではない。

常に、このISHは、自身を整理する為のツールであり、神とはそんなものである。なので、時々、交代人格が、ISHのような発言をして、似非を気取 るが、それに迷わされてはいけない。神は、人の中にいて、だけれど、人を支配せず。人の中が乱れて、混沌とした時に現れる最終システムのようなものであ る。

この最終的なファイナルアンサーをどこで使うかというのは、一番迷いやすいところであるが、カードゲームであれば、誰もが簡単に考えるだろう。そう だ、ワイルドカードは、最後まで取っておくものだ。最後の最後の切り札として、使用してこそ意味がある。始めから、ワイルドカード乱発では、効き目は薄 い。

 

という事で、津々と述べてきたが、あなたの守護霊は、あなたのイマジナリーフレンドではないのか。あなたは、それを人に見てもらって、人にしか見え ないイマジナリーフレンドを、自分の中で、妄想として作り上げるのだろう。だけれど、そのイマジナリーフレンドは、あなたが辛すぎるから、あなたの前に現 れた、「あなた用にカスタマイズされた、あなたの言ってほしい言葉を囁くアイテム」である。イマジナリーフレンドだけと暮らして行ける環境は、この世には ない。

だからこそ、守護霊や、何やで、あれこれ思い悩む人がいるとは思うが、人から「決められた」イマジナリーフレンドで遊ぶ前に、そもそも、家の中を見て見た方がいい。意外と、多国籍空間は、うちだけの登録商標ではないことに気が付くはずだ。

 

多国籍空間に、霊がいたら、あなたが、楽しい事、嬉しい事、悲しい事、辛い事を経験すると共に成長し、言葉を交わさずとも離れていくだろう。それより、死神だったら、優しく、

 

「どっかの誰かに押し付ける」か、「排泄物として水洗トイレに流す」か、「何かに擦り付けて、萌えるゴミに出してしまえ。」

 

あまり、自分以外の何かに囚われてはいけない。神は、あなたの中にいると思えばいい。

 

傷ついた心的外傷を、無理に癒せない時は、一生癒す必要もない。神がいるのか分からなくなっても、見失うな。神が目の前に現れない時は、あなたが、 まだ最終的に、ダメージを受けたわけではないのだ。傷ついた自分を救うために、更に人を傷つければ、もっと神を見失うだろう。また、金勘定や何かの為に、 人を粗末にして歩けば、もっと神から遠ざかろう。ひとを粗末にできる人に、自分を大切にできるわけがない。落ちぶれて、孤独になった時、自分を大切にして くれと叫ぶのが落ちである。

しかし、神に近くなればなるほど、人は息もつけない程、深く傷つくという事実は、大変理不尽な話である。

 

 




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こんばんは。

巷によく売られていたり、オーダーメイドで作ると言うアクセサリーは、ほとんど意味が無いと言っても過言ではない。

そのアクセサリーで運気が上がったんだとしたら、そりゃ、プラシーボ効果だねとしか答えようがない。どうして、これで運気が上がるのか、その術師の念が必要なのか、術師の念はどのくらい持つのか、以前、そういう術師を呼んでお願いしたことがある。

実験的な要素ではあったが、ひとりは、その晩に消失し、ひとりは、その翌日朝、消失した。

わたしも、自分で気を込めることがあるが、恐らく、半日持たない事が多い。宝石磨きとして定評のあるわたしでさえもだ。

なので、気を込める、念を込めるビジネスは、その人と繋がっていたいと思う人の憧れや尊敬で維持されることだと思う。つまり、偉い人有名な人=パワーが凄いという数式かな。神社も神棚もそうだけれど、その敬う気持ちや憧れ感で維持していかないと、基本は、一日でチャラよ。

 

わたしの兄は、割りとシーサーが好きで、とかく彼の家は、玄関の門にもシーサー、家の玄関にもシーサー、どんだけシーサー好きやねんって感じで飾っ てある。彼の場合、意味があってわかってて何かをしているわけではなく、ふと、沖縄にあったシーサーを見て、これだと思ったらしいのね。

それでも、わたしから見ると不十分。でも、どんだけシーサー好きやねんでも、流石に、他にも飾ってあったら、ドン引きでしょ?

あくまで、一般常識で許せる範囲の、シーサー好きですですって路線だったら、それが限界。

でも、不十分だし、完璧にしたいと思ったとしても、無理かな。

兄は、そもそも、わたしの兄なので、摩訶不思議なことは沢山体験しているし、そもそも医者なので、不可思議なことというのはこの世に存在すると考えている。でも、その兄がどうこう言っても、防げないものはしょうがないじゃないの。

 

それで、永久的に続くものってあるんですかって質問はよく受けるけれど、基本的には、ステージアップした場合は、卒業していくアクセサリーもあるわ ね。だから、永久的にこれを着けていればOKとか、絶対開運ってことってないと思う。そもそも、作っている人を見たら、開運して凄く財産を持っているなら 別だけれど、己の開運さえできない人が、どうして他人のものが作れるのかは、摩訶不思議でしょ?

だから、凄くお金持ちで、元々元来何か財産を守るために、因縁や怨念を抱えている家って結構あるのね。

でも、そういうところは、基本的に、口伝で守っていくこととか、絶対公開しない古文書とかあるから、普通はそんなものじゃないの?

 

しかも、努力しないで、楽々なんとかとか、楽しく開運とか、金運ザクザクとか、見てていたたまれない(苦笑)。

 

願いは、一つに絞ったほうが効果は上がりやすいし、だけれど、人の欲は尽きせぬもの。だからこそ、悩むことは大きいんじゃないかしらね。

 

ところで、呪術的なアクセサリーをして、昔、うちの上司に、採用の面接を受けに来た人いたわよ。

 

わたしは、その場で外してくださいって頼んだのだけれど、結果落ちたわ。メンタルの弱さがそこにあふれている。男の子だったら、ワイシャツの下につけるとか、考えるんじゃないかな。

 

基本的に、呪術のアクセサリーは、ひとに見つかって、ひとが解読してしまったら、終わり。

 

だからこそ、解読できないアクセサリーのほうが、開運にはいいわよね。

 

兄のシーサー好きは、流石に、それだけ、病院で抱えてくるものがあるのだろうと思うし、今ある家の立地から、防ぎたいものもあるだろうし。そんな中で、妹があれこれ、都合をつけて、こんなんどうでしょうとか、持ってくるのだけれど、どうなんだろうね。

 

ちなみに、うちは、カオスでいいと思う。(笑)。

 

鬼が来たら、鬼をまとめて、物の怪が来たら、物の怪をまとめて。幽霊が来たら、お話を聞いてあげて、グロさを堪能して。

 

わたしは、そういう中で育ってきているので、そんなものかなぁ。

流石に、何かしようとは思わないけれど、幾つか、作っているものもあるわよ。

 

でも、それが、動く時は、それ用に作った事が起きるときだけだから、意外と、普段は眠っている物も多い。

 

まあ、思うんだけれど、お好きな人は、購入して見るのが一番だわね。役に立たないってことを知るためにも、経験は必須だと思う。

 

その中で、何かに巡り会えたら、ラッキーってものよね。

 

ところで、わたし、神社行く時、幾つか頼み事をされるのね。御札を買ってきてくださいって頼まれるの。

 

だから、そういう時、神社で、活きがいい御札を見繕って数十個買ってくることあるわよ。

 

並んでいる御札の中でさえ、当たり外れがあるんだから、他もあって同じこと。

 

まぁ、問題は、効果が切れるのが早いので、また頼まれるってことかな。

 

時々、頼むひとに思う。お前が買えよ。お前が買えるようになれば、別に問題ないだろ。手はずは教えてやるから、お前が買え。

 

そう思うけれど、意外と難しいらしいわね。

 

 

 

PS:ちなみに、卒業していくものは、高品質の呪術アクセであればあるほど、割と効果は、3年からヘタしたら8年ほど持ちます。わたしは駆け抜けて いった面がありますが、一昨年の呪術アクセで十分今年も回ります。だから、上等に作れば作るほど、そんなに、簡単に壊れないわよ。勿論、作用も強いし。 (涙)。振り回される面が多すぎますが(苦笑)。




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こんにちは。

作ってみて、作れないことはない、呪術的なアクセサリー。

本気でつくろうとして、見積もりを出せば、高額なこと、請け合いである。地金が高いし、中々、デザイン料や技術料まで込むと高くなる。

 

そんなんで、そもそもあまり作る気はないのだが、作る人や持つ人について一旦考えてほしいことがある。

 

ナニワ金融道で、「欲は海水や。飲めば飲むほど、のどが渇いて、もっと欲しくなる。」と、こんな答えがある。

 

つまり、ギャンブルでも何でも、寸止めできるだけの自制心を持たないと、結局は破滅するという話である。

 

株でもそうだが、上がりそうなとき、頭に血が上ってドンドン注ぎ込んでいく。一旦株価が落ちて危ないと思った際に、とっさに売ってしまう。その上が りそうな時に、どこが潮時かをわきまえる冷静な判断力がない人には、扱えないシロモノである。落ちた時の売りどきを知らない人には、扱えないシロモノであ る。

 

実際、呪術のアクセサリーをして、目立つほどの大きくなる話は聞いたことがない。カリスマ性のあったアドルフ・ヒットラーでさえ、結果的には、ロシ アで苦戦し、自決へ持ち込まれる。結局、進む道に大きな富があった場合、必ず引き替えにさせられるのは、「欲」と天秤に乗った「破滅」である。

 

欲は、どんどん増える。過剰に増え、結果的に次から次へと欲しいものが出る。その上昇気流を作るのも登るのも、己の力量次第であるが、コントロール不可になった際には、潔く手を引くだけの気持ちがなければ、結果として、破滅が待つ。

 

なので、呪術的アクセサリーが欲しい人も沢山いるからこそ、安価な3000円台でできるパワーストーンは、庶民に好まれた。今じゃ、している人は少 ない。水晶のブレスをしている人は、意外と、ゴルフの肩こり防止のために、右につけている。左にしている人はメンタルの弱い証。

 

そんなところから、富を強く望み、登ろうと思う気持ちは分からんでもない。でも、こんなアクセサリーは、結局は、海水を飲んで乾いた喉になるよう に、乾きや、苦しみや、結局は破滅を意味する。なので、その自身が、ここで辞めるというところまで線引して約束しない限り、持っても意味が無いだろう。 もっとも、線引したラインを人間はすぐ、いともたやすく、覆す。

だから、そんなものを扱える人はいないんだよ。

 

自分も過去、溺れたことがあったが、結局は、ジリ貧のままだった。自分で努力しなければ、何一つ運は開けない。その運を開く際に、手がかりとしてだけ望むのであれば、問題はない。しかし、手がかりとして以上を望むのであれば、破滅を覚悟して行くしかない。

 

そもそも、飽食になって、それでも、金を儲けるのが好きな人は結構いる。でも、彼らは、足がかりができたら、そういうグッズを捨てる。後は自力で、 山を登ればいいからだ。問題は、登る山をどれにしたらいいか、わからないことが問題であり、それは、実に本人の選択としかいいようがない。

 

世の中には、誠に奇妙な話があるけれど、その場合、それもひとつの運である。

 

あなたの家に、いわくつきの古文書がない場合は、諦めて、こういう方面の運が無いのだと思って、別で挑んだほうがいい。

 

奇妙な話として面白く受けてくれればいいが、本気にとってしまうと、恐らく、日本の中で、ジリ貧にならないものを作れる人がいるかと言ったら、いないと答える。わたしは、Sさんによく頼まれるが、それは、わたしがSさんをよく知るからである。

 

知らない人には、全くできない話。

 

それを、パッと見て作るんだとしたら、相当な山師だね。もし、作れるなら、殆どの宝石店が倒産したり、閉店しないはずだろう。

まぁ、頼む人も山師なことは請け合いだけれど、自制心がないうちは、扱っても逆に破滅になるだけだと思う。

呪符も同じようなもの。

 

「欲」と「破滅」は天秤に乗る。

 

 

 


図説 日本呪術全書
豊島 泰国
原書房
1998-09




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劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル 超完全版 (2枚組) [DVD]

霊能力や超能力は、コンテンツであって、巷に出ている本では、面白みを増すためにかなりデフォルメな内容になっています。あなたが、その中の人物に なりたい気持ちは分からんでもありませんが、本当に助けが必要な時、助けてくれる人ほど、「鬼」です。助けて欲しい時に助けてくれるのは、「自分自身で す。」

うちは、オカルト騒動がありますが、見事に生活の一部として、有効に利用しています。ただ、仕事の納期だけは、わたしも落とすかどうかは、「神のみぞ知る」ではなく、ただひたすらに、「自力本願寺」です。

東宝

こんにちは。

 

某サイトで面白い質問を見つけたので、わたしだったらどう答えるかを、ご披露します。

Q1.除霊は何回必要ですか?

災厄だったら、落としてくれば十分です。それ以上の除霊は必要ありません。ただ、たびたび同じ状態に悩まれる場合は、まず、器質性疾患を疑い、その後、精神を強く持つよう、心の強化をお勧めします。

人に相談すればいいケースもありますが、相談ばかりして歩くと、人の評価が気になって、自分で考えることができなくなります。内観しろと言われるの は、自分で少しは考えろ、つまり、「ググれ、カス」と言われているも同じです。この場合、ググるのはネットではなく、己の中の本当の気持ちです。

幽霊は普通にいるので、たびたび除霊が必要な場合は、相当な、「潔癖症」で「依存症」の、「八方美人的お人よし」で、「狡猾な人と霊につけ込まれやすい」人間という印象を受けます。

 

Q2.友人、知人に霊がついていると言われたのですが?

その友人とは、F.O.して構いません。しかし、霊が憑いているケースで、時として良くないケースもありますが、相手にどんなものが見えていて、どんな悪さをするのか尋ねてみてください。脅しの言葉があったら、まず、器質性疾患の検査に行ってください。

軽いものなら、体の血のめぐりを良くし、朝一番の清々しさと気合一発で逃げます。

人によっては、器質性疾患の病んでいる個所が、黒い影に見えることがあります。他、疾患が見つからない場合は、ストレスを考えてください。人によっ ては、あまりに、「愚痴ばかりこぼす相手」に対して、霊が憑いていると婉曲的に表現するケースがあります。また、目の下のくまがひどく、顔色が良くない 時、このようにみられる傾向が多いです。

 

Q3.恋人とうまくいかない、付き合いだすとみんな豹変して態度が変わったり、暴力をふるう。

典型的な「恋下手」です。恋は、相手から奪うだけではなく、与えることも必要です。ただ、与える面は、相手が自分で選びますので、与える面を多く持 つようにしてください。あなたが押し付けてまで、与えたい与え方は、人を時としてダメにします。それと、暴力を振るわれる時、相手を煽情していないかどう か、考えてください。それで、ダメなら、その男は、あなたの心の庭では、「咲かない花」です。夏の植物を冬の庭に持ってきても咲きません。冬の庭に咲くモ ノは、冬の寒さに耐えて、咲き誇る花です。時たま、寒椿の様に、ぽとっと落ちてしまうメンタリティを持つ花もありますが、それも寿命の内です。

 

Q4.私に何かついてますか?

はい、立派についています。なにかって?いやだぁ、恥ずかしい(笑)。

 

Q5.除霊に来てくれませんか?

あまりに凄くて面白かったら、考えます。本人は真剣なんですと言われても、霊能者は、単なるエンジニアです。出張費と、経費だけで済むはずです。済 まなくて、日常のメンテが必要な場合は、できれば、お近くのメンタルクリニックにご相談ください。心因的な病気のごく軽い状態であれば、特にメンタルクリ ニックの薬では効かないと思います。それであれば、覚悟を決めて、「ご自身とご自身の環境を受け入れる準備をなさってください。」アロマや、マッサージ、 あかすり、色々な軽度の回復方法があります。

準備ができないと、エンジニアも、無駄足ばかり踏むことになります。

 

Q6.家に何か霊がいるんですが、どうすればいいんですか?

温めて、生暖かくヲチしておきましょう。見知った人の顔だった時は、生きているかどうかを確かめ、生霊だったら、バットで殴って追い返す。生きてい るひとであれば、家宅侵入罪で、110番に、即、通報してください。知らない人の場合も同様です。わずかな差を見逃しただけで、ストーカーにネチネチ付き まとわれる人もいます。ただ、盗聴や、妄想に広がった際は、お近くのメンタルクリニックをお訪ねください。

 

Q7.家族・友人が急に頭がおかしくなり、訳のわからない事を喋ったり頭の中に何かいるといいます。行動も言動も非常におかしいのですが

今は珍しいとされる、緊張型の統合失調の症状です。しかし、訳分からないことを言っている中に、当人がそこまで壊れるに至った何かキーワードがありますので、SWさんと処置を検討する際の参考として、聞き逃さずにいてください。

ただ、2000人に1人、いえ、1万人に1人、真面目に面白いことを言っていて、理に適っていることもあります。自分がそのケースだと思っている人は、まず、メンタルクリニックに行きましょう。

Q8.幻聴、幻覚で悩んでいます

何を言っているのか、無視できないようなメンタルの方が難しいです。統合失調症の場合は、被害妄想的な「自分への悪口や指示」が幻聴や幻覚に多く現 れます。前頭葉の手術を受けた人、頭を打ったことのある人は、ご自身の病気を今一度調べてください。脳下垂体、甲状腺ホルモン異常だった経歴がある人は、 こちらも調べてください。ない方は、頭を一度調べていただく方がよいかと思います。内部腫瘍は、幻覚をもたらします。

もし、悪口ではなかった場合は、「必要部分だけ聞いておいてください。」「見えるものが、あなたに都合のいい情報になるよう、啓蒙を重ねてください。」。時として、厳しい意見だった時は、心を折れていただき、コンビニのご褒美はプリン一つまでとします。

 

Q9.水子の供養をしていません(ご自身や親等)、供養していない水子が気になります

すこし前のご先祖は、もっと大変でした。とやかく人のせいにしていないで、まっすぐ幸せに向けて、生きてください。何も知らぬ子は、親を慕って当た り前です。自我が出てきても、親の愛を欲しがります。祟るとかの前の状態です。祟る状態の子は、ティーンエイジになって、子が虐待されていることが分かっ ても、あなたが何もしてくれないと知り、絶望した時の子です。口減らしで、亡くなった老人も多いです。そんな祖先を放っておいて、身近な子供の事につけ込 む霊能者は、あまり質が良くないです。

あなたが幸せになった時、再度お迎えする気力で生きてください。

Q10.自分の記憶が飛びます

解離性症状でしょうか、離人症でしょうか。なんにせよ、あまりに記憶が飛んで困る場合は、お近くのメンタルクリニックにどうぞ。しかし、記憶が飛ぶ ほど、仕事をしている場合は、過労ですので、肉体疲労と精神疲労を取ってください。また、記憶力には限りがありますので、必要な情報はメモを取ることが必 要ですが、メモが取れない飛び方の場合は、疾患を疑ったほうがいいです。

何かに乗っ取られている場合、乗っ取られて困ることをしている時についてご説明します。

副交感神経が優位になると、本能ベースの欲求が抑えられなくなります。故に、過食、過眠多いです。セックスは、交感神経優位の際には、「できる」時 にしますが、副交感神経優位だと、「したい」時にします。あまりに、自分を押さえられない時は、憑き物のせいにしないで、自分の状態を自分で認識してくだ さい。

Q11.子供が家の中の或る一点を見て怖がります

うちの子もそんな時がありましたが、成長すれば見なくなります。電気が漏電している家や、大きな電力施設の近辺は、時としてこのようなモノを見る様です。多少怖いモノのの一つや二つないと、子供はわがままに育ちます。いいように「教育」に利用しましょう。

Q12.金縛りが怖いです

疲れているんですね。わたしも、疲れている時関係なく、金縛りにあいますが、あれは怖いですね。でも、楽しみましょう。ただちに健康に被害はありません。(苦笑)。

Q13.自分の意思とは関係なく自殺したくなる

医師の診断書に基づいて、少し仕事をセーブするか、休職いたしましょう。生活がかかっている場合は、自殺死体の画像を見て、自分の係累にこんな姿を さらして、何代か先までトラウマを背負わせてもいいかどうか自問自答しましょう。その上で、転職するなり、休職するなり、考えましょう。幾ら優秀でも、メ ンタルに響く職は適職ではありません。

ちなみに、わたしもありましたが、一番いい方法は、「自殺とは別の事を考えることです。」こんな状態に思い浮かべられない時は、「ラーメン二郎」で結構です。ばりかた、背脂多め等、色々好みの加減を考え付いてきたら、セーフです。

Q14.愚痴に付き合ってくれませんか

わたしは、嫌ですが、愚痴に付き合うタイプのカウンセラーがいます。森田療法です。カウンセラーは霊能者同様保険が効きませんが、物販は特にしませ んので、密室効果がなくて安全です。霊能者や占い師で、単価が低い場合は、併せ買い推奨で、パワーストンや、サプリを売らないと儲かりませんので、物販は つきものです。他は、単価が異様に高いです。

コストが高くても、暇でお金があるのであれば、電話一本で即応じてくれる方もいるので、そちらにどうぞ。愚痴専門、略奪愛専門、二股専門、生まれた 子供が亭主の子じゃない専門、亭主の女を殺した専門等、案件自体がディープな専門家集団は、お水の商売さんが、昼間にやっている相談室であると、聞いてく れる可能性が高いです。

 

こんな感じでどうでしょうか。

 

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感応精神病
霊感はある程度強い人と一緒にいると磨かれると言う。しかし、この本では、霊感が強いと言う「精神病者」と一緒にいると、一緒に妄想やせん妄が強くなるという説の感応型精神病。朱に交われば赤くなる。そんなノリかな。真実は、わかんないけれどね。
新興医学出版社

こんにちは。

 

感応精神病という症例がある。

基本的には、ある程度の妄想を訴える精神病患者に対して、「情緒的」に繋がった人間が、精神を同じように病んでいくのである。その情緒的とは、親子 であったり、兄妹であったり、同じ思想を共にする仲間かもしれないし、教祖と信者かもしれない。はてさては、友達同士かもしれない。

霊能は、よく霊感を持つと言う人のそばにいれば、同じように見えだしてくるという説があるが、そこを考えると、「同じような霊感を持ち始めるのは、感応精神病」ではないだろうか。

しかし、感応精神病は、過渡期にあって、緊張型の統合失調症(常に緊張状態)を送っていた人と、離れるなりすると、繋がりが切れるのか、ある程度収 まることがあるようである。大体、霊能関係の人や、宗教関係の人とは、最初の内は、「同じ思想」で純粋に動けたことがあったかもしれない。しかし、段々相 手が強さを増してくると、もう片方や色々な人間には、不信感を募らせるような言葉を吐くことがある。

「思想は同じかもしれない。」

「でも、到達点は人それぞれだから、価値観の完全な共有を目指すのは無理ではないか。」

 

そんなことを考えて、人は必ず相手に不信感を抱く、しかし、抱いたところで離れればよいが、それ以上一緒になると、まるで伝染病の様に、自分にも妄想が伝染してしまうのである。

職場の中でも、職場の雰囲気というものがあり、採用する側は、職場の雰囲気に馴染める人を採用したいと思うはずだが、どこかでミスマッチな採用を行 う事もある。前にも話した「ケミストリー効果」を狙う為である。なれ合いだけの職場では、何も進展するところがない。発展していく、飛躍した発想は、いつ も自由な自分の中に存在する。

職場の理念に賛同できても、完全に指導者の理念には賛同できない人だっているはずだ。

それが、宗教や、霊能者との集まりや、色々なところで、そういう不穏な動きが出てくる。

 

その輪を離れれば、レベルの低い人間との付き合いがなくなるのだから、いいことだと、誰しも思う。しかし、時として、レベルの低い団体を「自分より高位に見てしまう」傾向が人には必ずある。だからこそ、その低いレベルの人間に、一生懸命しがみつく人もいることは確かだ。

この感応精神病は、離れ、過渡期にいる精神病患者からの上手な隔離こそが、伝染を防ぐと言う考えだが、どうだろうか。今じゃ、ネット社会。見えない 電線で張り巡らされたこの世界の中で、わたし達は、割ろうと思えば、相手のいる場所まで割り出すことが可能で、下手をしたら、相手の住所も分かってしまう ことが多い。だからこそ、伝染は、ひっそりと、ネットを伝って伝染するケースもある。

例えば、強烈な発信元のブロガーと、その読者であったり。そのケースだと、ブロガーは、書籍を出す「ビジネスモデル」として、誰にも手が届きそう で、実は中々実行しにくい夢をかなえた人と、簡単に向き合う事ができるので、割と好まれやすい傾向がある。つまり、その布教を行う活動のツールとしては、 かなり色々な人に、「目の前で説得するからこそ生まれる警戒心」を抱かせないからこそ、好まれるツールでもあり、時として、人が道を誤ってしまうツールに もなりうる。

ネットは、正しい事だけが書いてあるわけではなく、あなたをどちらかの方角へ誘導したい人が必ずいる。

その人は、SEO対策などを行い、自分が検索上位に上がるように設定し、ランキングでは上位を装う。すると、人は、「こんなに知名度があって、こん なに支持されているひとなのか」と思い込んでしまい、その人を正しいと思うようになってしまい、同じような思想を持っていれば、なおさらシンパになる。

あなたは、そうして出来ている、ネット上の海を泳いでいる。当てもなく、暇つぶしかもしれないし、何か得られるかもしれないと、すがる思いで泳いで いるケースもあるだろう。しかし、あなたは、何をもって正常と言えばいいのか、それが分からないからこそ、泳いでいるのか、溺れているのかさえも分からな いだろう。

そこへ、もっともらしく、あなたは溺れている人だと言うひとがいて、「どうしたらいいですか?」と尋ねたら、答えてくれたとしよう。もう、そうなっ たら、あなたは答えてくれるまで、その人の開かない門を叩き続けるのだ。答えた人は、善意でも、段々、尋ねる人の依存症が強いと、うっとおしくもなる。そ うなっているかどうか、自分はどう相手に思われているか、ネット上で分かる判断材料はあるのか。その人が応えてくれなくなった、その人が短い文で終わらせ た、そんな些細なことから、色々邪推してみたくもなる。

顔色が分かる、対面より恐ろしいところは、そこにある。

そして、同じ感覚を共有していることについて、考えに考え過ぎると、病んでしまうのだ。

情緒的に繋がることが、簡単になったネットの世の中だからこそ、見えない相手との適切な距離がとても大事になる。自分は違うように相手を思ってて も、相手は同じように思ってくれている確証が何一つない世界である。男だと思ってたら、女だったとか、女だと思ってたら、男だったとか、同好の士と思って いたら、ステマだったとか、サクラだったとか、良くある話が、いまここにある。

 

あなたが、自分の思想に対して、思い詰めなければ、そもそも、感応精神病も起きない。文章半分受け取って、大人な対応で、あっそうですか、こう言う 事もありますけれど、こんなこともあるのになぁと思っていればいい事で、それをなんとしても相手に伝えようと思って、相手に要求したら、こんな世界は、感 応精神病だらけになってしまう。

話半分でいいのだ。へーそう、そんなことなんだ、だけれど、それで成功した人の二番煎じになりたい、それで成功した人の「対等な相手になりたい」 等、色々考えだすと、世の中は、欲が絡んでくると、難しいものである。下手すれば、現在成功している人の、足を引っ張ることもしかねない。

 

ただ、あなたは切羽詰っている。切羽詰っている人は、周りが良く見えない。周りが良く見えない時は、騙されるときだ。

 

だから、一旦上がったテンションがあって、もし、それであなたに不思議が起きてしまって、色々と考えることがあったとしても、心まで染まってはいけ ないんだと必ず思って欲しい。こんな時にこそ、心にどこか、熱くなっている自分を冷ややかに見る目がなくては、感応精神病になっても不思議ではないのだ。

相手と思想が同じでも、到達点が違った場合、絶対に自分の到達点こそが、人類を救う道だと考えてやまない人間がいて、「あなたに脅し」を複数人で囲い込みのような状態で行ってきた場合には、正直に言えば、そこからすみやかに、争いごとになる前に、離れなさい。

それ以上に、楽しい世界は世の中、沢山あるから。

 

 

秘密 −トップ・シークレット− 12

秘密 −トップ・シークレット− 12

俺の脳を見てくれよ。そんな熱愛にマジ出会うのが、霊能者です。

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働く人のための精神医学 (PHP新書)
仕事していて、病んだ人を沢山見たことがあれば、自分も病んじゃうこともある。そんなの「当たり前」。当たり前に戦い続けることができる奴ほど、「実は既に、どこかがおかしいのだ」と、そういう本だ。んじゃ、皆、病んだ人ってことだよな。
PHP研究所

こんにちは。

 

本日は選挙日である。ところで、このところ、あまり見ないテレビを見ていて思うことがある。

マスコミやメディアは、本来中立な立場にあってしかるべきで、だからこそ、オフレコの情報を受け取ることができる。しかし、最近のマスコミは、「その情報を得られる立場」を理解しないで、「自分たちが世の中を変えられる」と考えて、中立を踏み外しているところが凄く多い。

よくよく見ていると、ネガティブキャンペーンだったり、どことなく、「思想を感じられる報道」だったり。

これが、結局マスコミとかメディアとかそういうものだろう。流す情報や流さない情報など、政府や何かが決めるのではなく、マスコミやメディアに決定 権があったのであれば、中立ではなくなる。そして、なぜ、それだけの情報を得られたのか、その立場について、再度考え直していただきたいと思うこともあ る。

よくよくテレビを見ていれば、恐らく、マスコミの思うような形に刷り込みされるような感じを受ける。事実、洗脳のメソッドに習い、実に忠実に彼らは、そのメソッドで、報道を行っている。

 

さて、他にも心理戦は幾らでもある。職場の心理戦。割と多くて、きちんと訂正しないと一方的に自分が悪いものになる。しかし、なんでも即訂正を求める前に、誠実な態度で人にあたり、周りを味方につける必要がある。

わたし的には、心理戦はあまり好きではないが、わたしはぶれないモノを持っているので、あまり心理戦に踊らされることがない。ぶれないものは、「給 料の額」であり、「評価」は二の次である。実際、評価が高いと言う話を聞いても、あんまり気に留めない。しかし、この時代、中々給料が増え続ける仕事に就 くのが難しくなったし、給料が増える仕事に就けるのは、やはりそれなりの「苦労」と「努力」と「それらが実を結ぶ実力」を持った人となる。

努力はしているけれど、実を結ばず空回りをする人はかなり多い。

わたしも、空回りした経験もあれば、実を結んだ経験もある。しかし、空回りしたときは、大体は「外部からの評価」を気にしているのだと気がついた。 「外部からの評価」を気にしないと、心理戦には非常に強くなる。理由は、自分の中で、「達成感の素晴らしさ」だけを追い求めているので、強いて言えば、自 分の満足がいくだけの努力を行えば、文句はない。

そこに他人の煽りが入る余地はないのである。

しかし、評価が気になる人は、他人の煽りや色々な問題が心を病ませるだろう。わたしも、15年前は、評価ばかりが気になって、役職が上がることしか興味がなかった。そうなると、心を病むことが多くなると思う。人の言葉に踊らされる面も多いだろう。

 

親として、受験に際しても心理戦は幾らでもある。親同士のコミュニケーションとか、子ども同士のコミュニケーションとか、とかく、できなくなった子 が、足を引っ張ろうと、心理戦に出たり、親が攪乱させようと試みることは幾らでもある。実際、幼稚園、小学校の受験を経験してきて思うが、受験期の母親の 言動は、意味不明である(笑)。

とにかく、相手にさぐりを入れて情報をとって、相手を貶めることを平気でする。あまり連絡しない人まで、連絡してきて、思わず、「公明党の選挙運動 か?」と勘違いしてしまうほどである。なので、そういう相手には、喜んで、話題をスライドさせて、上手に全然関係のない話で盛り上がらせて、相手をタイム アウトに追い込んでしまう。

そもそも、相手と我が家は、志望校も違えば、勉強も出来が違う。相手の方が優秀なので、そんなに煽っていただくような、できた我が家の息子ではない。しかし、息子が心理戦を受けて、家で涙を流すときは、時々言う。

「今から落ちるとか受かるとか考えるのではなく、悔いなくできたかどうかの自分との勝負が、受験なのだ」とね。

 

他でも、心理戦は色々ある。恋愛関係だと、心理戦はかなり大変な役目を担う。クリスマスのイブを過ごせる人が本命なのか、クリスマスが本命なのか、 そしてプレゼントは幾らくらいで、どんな日になるのか。相手のイベントに対する期待度は、どの程度か。勝負パンツを履くべきかどうか。まさに、恋人の真価 が試されるときである。長年の恋人は、来年ゴールインできるのか。そんな際にも、心理戦は非常に重要である。

 

流石に恋愛関係は、努力や運とかでは相手は動かないので、これは流石に占い師やなんかの力を借りたい気持ちにさせることは確かだ。

 

ところで、合コンの後の男子を見ていて思うことがあるが、「右かわいいよね、左あんまり、でも、左を誘ったら、右も誘えそうだよね。」と言っている。

 

うん。これが、まさに心理戦からくる戦略術。心理戦は、どんなところにも発生して、そして人は凄く煽られる。心を病んでしまうほどの追い詰め方をする人もいるし、人を追い詰めてもなんとも思わない人もいる。

あなたがもし、心理戦で悩むのなら、場から一旦遠ざかってみるか、遠ざかれる場所を見つけることをお勧めする。とにかく、心を落ち着けて、それでも 心が穏やかにならなくて、ひとまで不幸にしたいときは、一旦、感情が出せる「漫画」や「DVD」を見て、思い切り泣いてからひとにあたるといいと思う。あ なたの感情をぶつけられたら、相手が心中穏やかではないのは、当たり前だ。それが塵も積もれば山となり、結局、周りに嫌われては、意味がない。

 

 


合理的なのに愚かな戦略
ルディー和子
日本実業出版社
2014-10-23

恋愛マトリックス 相手を思い通りにする究極の恋愛戦略
ぐっどうぃる博士
ソフトバンククリエイティブ
2008-10-29
(ソフトバンククリエイティブは、中身のない、得られない、こういうキワモノが得意。)



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「超常現象」を本気で科学する (新潮新書)
うーん。視点的には分からんでもないけれど、浅い取り組みだなって思うんだ。だって、その程度の事しか考え及ばないって事でしょう。20年先を行 く研究っていうのは、もっと視点が違う。周りから、狂ったのかと思えるような実験を思いつくもんだよ。これは、現在出ている疑問をクリアしただけに過ぎな い。
新潮社

こんばんは。

 

最近、幽霊が見える人、見えない人というのをどうやって区別するか、ということで、答えを問うたら簡単なことだと思うようになった。

好奇心があるかどうか、と、無頓着かどうか。

 

例えば、ファッションは、誰もが身に着けるものだから、誰もがちゃんと気を付けて着ているかというと、極めて無頓着な人もいるでしょう。アパレルの範囲で言えば、セーターだけで話をしても、セーターには、色々なデザインや、素材がある。それで、なにより、色がある。

それどころか、セーターでも、カジュアルなのか、それともスーツの中にインなのか、家で着るセーターなのかで、随分違う。

無論だけれど、色も凄く大事だけれど、素材も大事だよね。パーティで、アンゴラの毛のセーターを着てくる人は、忘年会に必ず一人はいる。立食パーティーに参加した時、そいつの横になったら最後、自分の着ている服に、その人のセーターの毛が移る。

でも、当人は、そんなことを考えて服を選んでいないと思う。華やかさをメインに考えているのだと思う。

勿論、ファッションは、ビジネスの場において、どういう場なのかによっても、色も変わってくるし、スタイルもデザインも変わる。男なら、ナローかレ ギュラーかは、非常に悩むポイントだと思う。他に、インするセーターもいるし、靴下も必要になる。服が紺系で、カバンも黒の人が、お洒落で、靴を「茶色」 にするケースもある。

しかし、だからと言って、ユニクロを制覇しているというレベルでは、決して語れないのが、お洒落の世界である。

女も男もスカーフやネクタイを考えたら、選ぶ選択範囲はかなり幅広い。それで、多少なりコーディネートしていく内に、「XX系お洒落」とか「綺麗目系」とかそんな言葉も出てくる。

それ以上に出てくるのが、たかがセーターですって言ったところの、セーターのブランドの多さだ。

たかが、ブラックのタートルネックでも、こだわればとことんこだわることができる。差し色だって、ショールやストール、カバン、靴、色々なモノがあり、それぞれにブランドが沢山あり、スタイル、シルエットに関して、尽きせぬ話題を提供する。

 

これが、即ち、無頓着な奴だったら、無頓着だろう。

 

昔買ったシャツとか、おかんが買ってくれたシャツ、おかんのセレクトした「パンツ」そんなところで勝負している奴の感性は、結局はお洒落の方向にアンテナが向いていない。

だから、ファッションを斜めみて、自分のファッションセンスが完璧という事ではなく、尽きせぬ疑問を投げかけ、自分に合った最善のファッションにたどり着くまでに、大変な労力とエネルギーがいるのだと思う。

しかし、これも、別にファッションに無頓着であろうと、ただちに健康に被害があったり、生きたり死んだりするわけじゃない。

 

幽霊も、同じ。呪詛も同じ。憑き物落としも同じ。

無頓着な奴の処に、行っても相手にされない時は、結構道端に落ちてしまうモノである。

電車の中で、マスカラを塗る女は、電車の揺れと、自分のマスカラの量と、恐らく鏡と、乗車時間、そんなことしか眼中にない。幾ら、誰かが、「電車内 で化粧をするのを止めて」と思ってにらんだとしても、その女性にとっては、「マスカラが綺麗に塗れて、美しい自分で出社することが正義」な訳だから、そん な呪いが通用するとは思えないね。

むしろ、こういう女に堪えるボディーブローは、「失恋」である。

ファッションも、カジュアル系から、綺麗目系、ワイルド系からラグジュアリー系等色々あるけれど、基本、着ている人は、「自分なりの正義」で着ている。だから、ある程度何か言われても、TPOに恐ろしく抵触しない限り、こだわりを突き進むと思う。

会社でがっちがちなら、私生活で弾けるファッションもある。

さっき話した、アンゴラを着る女性の移り毛で、自分の服が台無しになる人もいる。それで、潔癖症のあまり、その毛をなんとか祓いのけようとか、もし くは、移らないように、その着ている人を避けるとか、逆に、過剰防衛して本末転倒になる位なら、逆に、移り毛が移っても大丈夫な服で行けって思う。シルク やサテンの服は、アンゴラを着る人が横に来ても全然かまわないからね。

過剰防衛して、自分のこだわりを守ろうとする前に、発想を変えればいい。どうしても、ある服を着て行きたいんだったら、完全に防げないってことも理 解した方がいい。ふと、帰り道の電車の中で、思いっきり移されることもある。思いもよらず、好きな男のゲロで汚れることもある。大切過ぎて、トイレで自分 が汚すこともある。

 

だから、お札とか、何かより、恐らく、分かりやすい呪詛や色々のモノのしがらみを切るのは、「自分なりの正義」を内に秘めることが大事だと思う。

 

ただ、「自分なりの正義」は、決して自己中心という訳じゃない。わたしは、通常、変な霊能者の人と違って、コスプレをすることもないし、変な数珠を ぶら下げることもない。わたしは、「外見が正義」と思えるので、対峙する相手を威圧するファッションで出かけるだけのことだ。憧れの人を攻撃する人は少な い。かと言って、お高くとまっている人は嫌われる。

そこから、親しみやすい雰囲気を持ち、ついでに、憧れるような雰囲気をまとっている人を攻撃する人は少ない。だから、わたしはそういう雰囲気を作って歩いている。

勿論、多少なり、勘違いの人は寄ってくるけれど、まぁ、そこはそこ。どこまで奥深く、はいるかは、ファッションの極道である。しかし、低レベルな人 を寄せ付けない一番の道は、なんといっても体型にも依存するので、食は大事である。後は、着古してあっても、清潔感が漂う気品を持ち合わせるのは、肌や髪 によるところも多い。健康さをかもしだすのは、肌だからである。

そんな中で、もし、あなたが、幽霊と縁を切りたいと願うのなら、簡単である。

 

あなたが、幽霊に無頓着になればいい。ただ、寒ければ、人はコートを着込むのと同じように、疲れてくれば、見たくないものも見えるのは当たり前のことなので、それに負けるようなメンタルの弱さを、どんな正義で、あなたが補強するのかは、自分だけの楽しみでしょう。

 

それで、時々、勘違いした様に、金髪に染め、危険な三白眼に、痩せ衰えた体に、ボディコンを着込んでやってくる人もいるけれどね。年齢相応って事も大事だ。だから、サイコホラーのような外見を作るのだけは、止めておいた方がいい。

それは、付き合いだした男との初めてのベッドインのタイミングに備えて、勝負下着として、「エロ下着」を購入して履いてくるのと同じくらい、インパクトがでかい。インパクトでかすぎると、振られるのは当たり前。

 

まぁ、極めれば、どんな道も、似たようなものだよ。

 

 


秘密 −トップ・シークレット− 1

秘密 −トップ・シークレット− 1

こんな風に死後に思ってたことを公表される時代が来るのかもね。

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超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか
正面から見て、ある程度の周囲は、カラーでも、それ以上はモノクロに見えると言う。今のわたしには、全方向、全周囲、カラーに見えるんだと、最近気が付いた。
文藝春秋

こんにちは。

 

ある異変があった。でも、それを使用している機械が、そもそも、そういう仕様なんだろうなとは思えないけれど、ある時、誰もそれを「仕様である」と思いこもうとして努力している時に、長男が言った。

「さっきから、音楽のボリュームが、上がったり下がったりしているけれど、なにをいじったの?」

 

うーん。わたしも分からないんだけれど、ただ、アンプにつないでいるだけなのに、上がったり下がったりしている。おかしいというより、耳障りなんだけれど、これも仕様なんだと、正常にいつも同じボリュームに聞くことはできないんだと考え込もうとしている矢先だった。

丁度、うちに来てくださっている人も、かねてよりその異常に対して不安感を持っていて、だけれど、誰も何も言わなかったし、疑問だと思わないようにしていた。

でも、そんなこと考えたら、幾つでもある。

誰もいない部屋の、誰も出入りしていないところで、音がして。服をかけておいてないのに、服がハンガーにかかっていたり。それで、色々と話になったのだけれど、わたしは、なんか、そういうことまで、「あるべき姿に整えるのは嫌だ」と告げた。

わたしの父は、物理博士だったけれど、若い頃から占いを調べるなど、割と迷信的なモノが好きな人だった。好きというより、彼氏の身に降りかかる不条 理の理由を調べようとして、占いに手を出したのだろうと思う。その時、父、大学生。恐らく手に取ったのは、算命学であり、他に、九星気学等も嗜んだ。

しかし、父に出たのは、「不条理が続く」だけであり、結局父は、占いは、将来を変えるツールにならないので、意味がないと言うようになった。

 

わたしは、幼い頃から、眉村卓等を読んで超能力者になりたいと思った。時間軸を歩き回ったり、テレポーテーションとか、様々なことがやりたいと考えていた。しかし、中学や高校の時はそんな感じもなく、ただの「透視」ができるひとだった。

でも、最近少しずつ気が付いたのは、自分が人を見て見えるビジョンがダブっていたら、将来この人はこう変わるんだろうという、確固たる確信が持て た。なので、ビジョンについて、ダブって見えたものが、「いいこと」だったら、これは相手に話さないでおこうと思った。その理由は、話してしまうと、「ビ ジョンが変わってしまう」からである。

いいことだったら、話さない。わたしのジンクスにも、「何かしたいと思う時は、ひとに願いが叶うまで話さない」という事がある。だから、絶対に、人 のいいことも、自分のいいことも話さない。話したとしても、抽象的に、どんな解釈を着けてもいいように話す。相手が、そのビジョンを壊さないように話す。

 

中年になって、大きな病気をして、死ぬような目に幾つかあってきた中で、勘は冴えわたり、人の事もかなり見えるようになったけれど、人が話してもい いような雰囲気にならなかったら、絶対にその話をしないこととした。受け入れてもらえる雰囲気がなかったらダメだし、受け入れてもらうどころか、依存症に なりそうな時は、言わない。でも、時々、ご神託の様に話し出してしまう癖はある。

遠い向こうを見ることも、気配を感じることもできるようになった。

 

しかし、わたしは、仕事上でパソコンを見る時以外は、メガネをはずして、目を使わないようにした。

 

目を使えば、目に集中力が行ってしまうので、音が聞こえなくなる。元々聴覚が異常に音域が幅広く聞こえるので、色々な音を拾う。音は色々な色になってわたしの前に、まるでセルロイドの色紙を挟んだように見せてくれる。大変不便だと思うようになった。

幸せや、嬉しい音は、「小さな音で高い音でしか聞こえない。」災害は「低い大声で聞こえる」事ゆえ、聞きもらさないようにしようと、眼鏡をはずして、目に集中しないようにしているのか、もしくは、見ないようにした。文字通り、物理的に無頓着になろうとしたのである。

 

透視も、黒い箱の中にあるモノは、隠されても見えるけれど、白い箱の中は見えない。恐らく白の箱で、光が弾かれるからではないかと思ったりもする。しかし、現実面で、わたしが見えている色は、所謂「常識」と言われる概念では、ちょっと違う事にも気が付いてきた。

わたしは、日常の中で独特のこだわりを持つ。例えば、消しゴムは、「mono消しゴム」以外は嫌なのである。

理由は、わたしはモノを色で認識しているので、形で認識していない。なので、消しゴムは、「青と白」であるということで使っているが、これが、香り 消しゴムだとすると、手に取って消そうとした段階で、鼻に匂いが来たら、食べ物だと考えておいてしまう事や、間違って口に入れてしまう事もある。

他にもめんどくさい点はある。ティッシュペーパーの箱が青だったら、青で探すので、目の前にあっても気が付かない。形状や形を見てはいないのは、 「情報量が過多にならないよう」自分でコントロールしているせいである。箱の色が変わったら、箱の色が変わったことを覚えなおす。

なので、こだわりが半端ない面もあるし、石の中に見える情景がある時もある。そういう時、中々人に理解を貰えないけれど、自分が見える情景があるの は確かである。絵を描くのは、ヘタウマでも、色を塗るのは大変な苦行である。例えば、画家の母が見える色を、わたしの目で見える色で、パレットに調合する のは、わたしにとって遥かに難しい事なのである。

ここから、石でもただ買わされるだけでは満足しないのは、自分なりにこだわりの色があるからなのだろうと思う。後、人に会う石を見立てる事ができるのや、石に異常なこだわりがあるのは、恐らくその中に見えるものがあるからだろうと思う。

他人と話す時、時々、後ろの人があれこれ言う時がある。それを聞きたくない時は、眼鏡をかけて目の方に集中力を増やして、耳の情報を少し落とし、あ えて聞きたい時は、メガネをはずして耳の情報を多くする。わたしは、人に対してあまりいい人間ではないので、後ろの人のアドバイスなんかを聞いて踊らされ て、話したがることはないけれど、話さなきゃいけない時だけ、話すことはある。

 

ところで、自分って「発達障害だよね」と言う時があるが、「発達しすぎた障害」とか、「人類全員が発達障害だ」と言われることもある。

人間って、本当に画一的にできていなくて、だからこそ、事象の受け止め方がかなり違う面や、性質、性癖がかなり違うように、人生の中でできてしまうのも仕方がないんじゃないかと思う事がある。

自分の見え方が普通と違うので、どうにかしてくださいとすがる人もいるが、「デフォルトだと思えば、それでいいのだ」と最近思っている。あなたの家 に幽霊がいても、凄く、健康を損ねなければ問題ないし、健康を損ねるのなら、何かした方がいい。でも、「いつも悪口しか言わないモノが見える」時は、病気 を疑ったほうがいい。

わたしに聞こえるものは、「今や、今が銭の稼ぎどきなんや!」という声(笑)なので、この声に踊らされ過ぎて、仕事をし過ぎたけらいがある。確かに、今月の給料は、ボーナスを含めて多かった。

だから、あなたが周りとは違う傾向を持っていても、それを上手に生かすように回していく努力をしないと、パレットに、他人が見えた色を作れない時のわたしと同じように、苦しむこととなる。

 

PS:誤解のないように言っておくと、赤と緑の区別はできる。しかし、黒と緑の区別が多少つきにくく、昔からコピーしてくれと言われて渡された書類 が、深緑色に見えるので、カラーコピーでコピーしたら、「大変な損害だ」と怒られたことがある。多少なり、霊能で使う色が、黒なのに深緑色に見えてコピー しても、同じ色にならず、苦労したことがあった。

あと、赤と紅の色の区別はつく。紺と黒の区別はつく。黒の色の違いは、明暗のコントラストで見ているので、素材や質感などはわかる。

若い時、色弱かと思ったが、違った。眼科で検査して貰ったら、めんどくさい眼鏡を作る羽目になり、そのメガネだと、「一般人と同じに見える」という。けれど、わたしには、バランスが取れない眼鏡となり、結局かけていない。

モノの見方が違うだけで、幽霊を勘違いしているのかと思ったが、幽霊からは生体反応が出ないので、それはそれで、コントラストなどの見方をしていれば、分かることは多いし、当たることしかない。


よくわかる色彩の科学 (図解雑学)
永田 泰弘/三ツ塚 由貴子
ナツメ社
2007-07-10


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